土井ヶ浜遺跡は山口県下関市の日本海側、豊北町の海浜から出土した弥生時代の300体以上の人骨群の総称。
遺存状態が良好なうえに、人骨の特徴が縄文人とはあきらかに異なるために中国江南人の渡来モデルとして注目されてきた。
遺存状態が良好なうえに、人骨の特徴が縄文人とはあきらかに異なるために中国江南人の渡来モデルとして注目されてきた。
これに対して直接調査に当たった経験から、島根大学の山田康弘教授は慎重な疑問符を提示している。
1 出土人骨の抜歯習俗には少なくとも三種類の手法が見られ、遺骨のすべてが同一種族のものではないと考えられる。
2 しかも抜歯習俗の異なるグループ別にはっきりと埋葬場所が違っている。(人為的、意図的埋葬の可能性が高い)
3 有名になった「鵜を抱く女」の胸に置かれていた鳥の骨は部分(長管骨)しか残っておらず、「彼女」がまるまる一羽の鵜を抱いて死んだかどうか疑問である。
4 さらに「彼女」の抜歯系列は当時の社会構造から見てシャーマンには適合しないし、左右の腸骨には妊娠の痕跡があるため、神に仕える巫女=処女というイメージには程遠い。
5 出土する土器は、弥生開始時代の板付I式が存在せず、やや遅れた時期の板付Ⅱ式が出てくることから、稲作文化をたずさえてきた渡来人と考えるには不利である。
考えられる可能性として最も高いのは、過去に九州に渡来していた移住者が、世代を経て土井ヶ浜に再び移住してきたと考えるのがふさわしいのではないかと山田は考察している(2005年「土井ヶ浜遺跡」)。
考えられる可能性として最も高いのは、過去に九州に渡来していた移住者が、世代を経て土井ヶ浜に再び移住してきたと考えるのがふさわしいのではないかと山田は考察している(2005年「土井ヶ浜遺跡」)。
ということは土井ヶ浜遺骨の三つのグループのうち、少なくともあるグループは九州にいた「倭人」と見てよいだろう。この「倭人」という概念はもちろん中国がそう呼んだ人々のことである。だから倭人・・・つまり弥生時代の北部九州人であると考えて、彼等が中国(江南)から来た人種であったとなる。
なぜ江南かと決められるかと言うと、稲作の伝播元が長江流域、つまり江南であるという説を最も評価する立場から考えるためだ。
なぜ江南かと決められるかと言うと、稲作の伝播元が長江流域、つまり江南であるという説を最も評価する立場から考えるためだ。
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筆者の古代史へのアプローチ・スタイルは、ご存知かと思うけれど、まず平等・公平を前提としたいと自分自身、念願しながらであるがなかなかそのとおりにはならず、しかもあちこちへぶれたりもするけれど、
1 すべてが整合にならねば納得しない。
2 少しでも疑問があれば、ほかの人に誤解を与えてでも意識、常識を一旦破る手法で表現する。
3 疑問や異論を提出、紹介して、はかの人と一緒に悩む。
1 すべてが整合にならねば納得しない。
2 少しでも疑問があれば、ほかの人に誤解を与えてでも意識、常識を一旦破る手法で表現する。
3 疑問や異論を提出、紹介して、はかの人と一緒に悩む。
である。
土井ヶ浜の場合には、まず稲作と戦争から人種特定が始まる。
つまりDNA遺伝子での科学的絶対分析よりも、考古学的分析しかなされていない(なされているのかも知れないが、少なくとも今のところ筆者が知りうる中では考古学者から積極的に提示されていない)。
そのわけは遺伝子分析のための比較対照物(サンプル)がないのではないかと思う。
C14もそうだが、科学は確かに絶対的、数学的回答を出せるけれど、そのためには条件が非常に多いということ。
土井ヶ浜の場合には、まず稲作と戦争から人種特定が始まる。
つまりDNA遺伝子での科学的絶対分析よりも、考古学的分析しかなされていない(なされているのかも知れないが、少なくとも今のところ筆者が知りうる中では考古学者から積極的に提示されていない)。
そのわけは遺伝子分析のための比較対照物(サンプル)がないのではないかと思う。
C14もそうだが、科学は確かに絶対的、数学的回答を出せるけれど、そのためには条件が非常に多いということ。
そこでどうしても考古学の相対的考察が関わってしまうことになる。
化学分析が絶対になるためには今後、統計学的には、ひとつの事例に対して1千例くらいが必要になるが、今のところ、サンプルは日本人人骨で300例で、しかもこれが世界で最多という状況なのである。
ところがでは江南人、半島人のサンプルは?となるとほとんどない状態。これでは「まだ」「科学にはならない」ことになるわけである。
化学分析が絶対になるためには今後、統計学的には、ひとつの事例に対して1千例くらいが必要になるが、今のところ、サンプルは日本人人骨で300例で、しかもこれが世界で最多という状況なのである。
ところがでは江南人、半島人のサンプルは?となるとほとんどない状態。これでは「まだ」「科学にはならない」ことになるわけである。
さて、土井ヶ浜の三つの抜歯系統グループのうち、どれが渡来なのだろうか?
そして、この複数種族は、この麗しき日本海の砂浜で、いったい何をして死んだのか?
誰が彼等を「分け隔てなく」「分類して」「西を向いて埋葬してあげたのか」?
そして、この複数種族は、この麗しき日本海の砂浜で、いったい何をして死んだのか?
誰が彼等を「分け隔てなく」「分類して」「西を向いて埋葬してあげたのか」?
あなたはおわかりになりますか?
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コメント
コメント一覧 (8)
発掘された全ての遺体が同時代のものなのだとすれば、三つのグループは種族と言うよりも「身分」の違いと考えるのはどうでしょうか? と思います。・・・・だとするとどれが”渡来人”かと尋ねられれば、”縄文人の骨格から一番遠いグループ”ということになるのかもしれませんが。(3つのグループに骨格の明確な差があればの場合ですが。)
近隣に彼等が生きている時に居住していた遺跡も発見されればもっといろんなことが分かるのかもしれません・・・。
(余談ですが九州方面の「巫女」といえば、すぐ「神功皇后」と思ってしまうのですが、古代において「巫女」=「処女」であることは”必然”なのか? と疑問を感じております。少なくとも神功皇后は処女ではない気がするのですが・・・。)
kawakatu
が
しました
戦闘ではいれ交じって死にますから、綺麗に分けられているのも人為的だとわかります。
さて、ここからご意見のように身分の違いから分けたという可能性は「ある」といわねばなりません。その場合、弥生時代初期に、江南人にはすでに漠然とした身分制度があったことになります。
面白いと思います。
神功皇后は巫女かどうかよりも、応神天皇の母であることに重点があるようです。8世紀の書物の書いたことと、700年も前の弥生時代の現実の遺物を比べることには少し無理があるでしょうね。
しかしながら山田氏の巫女イメージの考察にも少し無理があるのかも知れません。
kawakatu
が
しました
いずれにしても、彼等全員がはるかな外国から、ここへ直接来たのかどうかというと、それは難しいようです。やはり何世代かのちに日本の各地を経由してたどりつき、地元勢力と争ったとなるのかと思います。「西を向いている」から西から来たとは言いにくいのだと思いました。西はたんに彼岸、黄泉の方角だったから、敵味方へだてなくみな西を向かせたのでしょうね。
神功皇后の巫女性には武内宿禰という強力な「かんなぎ」「さにわ」の助力が表出してもおりますね。
ご意見感謝申し上げます。
kawakatu
が
しました
もし、血縁関係のない複数の氏族が争って、その後に分け隔て無く葬られたと仮定するのであれば、発見された人骨からDNAを採取して、ミトコンドリアDNAが2~3系統に別れることを証明できれば、複数の異なる氏族が葬られていると証明することができると思います。(でも古代の人が丁重に葬った人達を実験材料に扱って良いものか・・・という気持ちもありますが。)
kawakatu
が
しました
(鳥類信仰を持っていて、戦闘で亡くなった人達の魂が特別な西方の天の国に迎えられると考えられていた・・・・と仮定すると個人的にはゲルマン神話の「ヴァルハラ」が想像されてしまうのですが、このあたりはご笑読ください<(_ _)>。)
むしろ骨格の類似点だけでなく、同様の文化が東アジアになかったかどうかということが、彼等の起源を探る上で大切なのかもしれませんが、私は勉強不足なものですから・・・。
kawakatu
が
しました
>土井ヶ浜遺跡
デートで行きました。
女の子 面白くなかっただろうなー
傑作&ランクリ
kawakatu
が
しました
ホネホネデートですか。しかし海は素晴らしいですからね、あそこは。
ま、そういうのが好きな女性が見つかればわれわれの人生はバラ色になりますよねえ。そういう人じゃなかったのかな?
傑作コメントです!
kawakatu
が
しました
kawakatu
が
しました