古い教科書では九州は銅鐸分布圏ではないことになっていた。しかし吉野ヶ里などから銅鐸ばかりか、鋳型まで出土し、今では銅鐸も九州で作られて広められたという説が出るようになった。
9f4d6ae1.jpg



2e758294.jpg


確かに同じ青銅器であるものが九州では銅矛・銅剣だけが来ているというのも奇妙な着想である。
すべてがセットで来たか。
銅鐸は日本以外では朝鮮式小銅鐸が出ており、同じものは大分県宇佐市の別符(びゅう)遺跡などで出ており、それらが九州や西日本各地で巨大化してゆくのが道理だと言える。
昨今のさまざまな考古学的発掘からどんどん新しい考察が生まれている。

クリッククリクリ!↓

↓       ↓          ↓        ↓
With2ブログランキングへ