「ゆふ」の由来は「木綿」である「柚富」から。
『柚富郷(ゆふのさと)郡の西に在り。
この郷の中に𣑥(たく)の樹(き)多(さは)に生(お)いたり。
常に𣑥の皮を取りて、以ちて木綿(ゆふ)に造れり。因りて柚富郷と日(い)う。』
この郷の中に𣑥(たく)の樹(き)多(さは)に生(お)いたり。
常に𣑥の皮を取りて、以ちて木綿(ゆふ)に造れり。因りて柚富郷と日(い)う。』
『柚富峯(ゆふのみね)柚富郷(ゆふのさと)の西にあり。
この峯の頂きに石室(いはや)有り。其の深さは一十餘り、高さは八丈四尺、廣さは三丈餘りなり。
常に氷の凝れる有りて、夏を経て解けず。凡そ、柚富郷は此の峯に近し。
因って以ちて峯の名と為す。』
『豊後国風土記』
この峯の頂きに石室(いはや)有り。其の深さは一十餘り、高さは八丈四尺、廣さは三丈餘りなり。
常に氷の凝れる有りて、夏を経て解けず。凡そ、柚富郷は此の峯に近し。
因って以ちて峯の名と為す。』
『豊後国風土記』
よく読めばわかるはずだが実際の由布岳は湯布院盆地の東にある。
つまり風土記が言う「ゆふのさと」とは湯布院盆地ではないことになる。
由布岳を西に見る場所にあるのは連山であるもうひとつの山・鶴見岳と塚原高原、あるいはずっと遠い別府市だ。ここは旧速見郡の奥別府になり、そこは城嶋(きじま)という郷しかない。城嶋は「鬼の島」という意味で、ここには今遊興施設とホテル、ゴルフ場しかない。鬼島が元の表記ゆえに城嶋は鉱物氏族由来地名である。その証拠にここから鶴見岳を下って別府へむかう山中には横穴墓郡が点在する。そこからさらに下ってラクテンチ遊園地のある音羽あたりが氏族の古墳群がある中心地で、その真下が鉄輪・実相寺となってここに大きな古墳が数基横たわっている。装飾古墳も二基。鶴見岳は火山である。今でもときおり鳴動、噴火、地震を引き起こす。別府温泉の源泉はすべてがこの鶴見岳の火山活動のたまものである。対して由布岳は姿かたちが明媚ではあるが、火山ではない。この連山には修験道の痕跡がある。また麓には幾多の火山弾が、あたかも牛のように転がっているので、往古の鳴動を物語っている。
つまり風土記が言う「ゆふのさと」とは湯布院盆地ではないことになる。
由布岳を西に見る場所にあるのは連山であるもうひとつの山・鶴見岳と塚原高原、あるいはずっと遠い別府市だ。ここは旧速見郡の奥別府になり、そこは城嶋(きじま)という郷しかない。城嶋は「鬼の島」という意味で、ここには今遊興施設とホテル、ゴルフ場しかない。鬼島が元の表記ゆえに城嶋は鉱物氏族由来地名である。その証拠にここから鶴見岳を下って別府へむかう山中には横穴墓郡が点在する。そこからさらに下ってラクテンチ遊園地のある音羽あたりが氏族の古墳群がある中心地で、その真下が鉄輪・実相寺となってここに大きな古墳が数基横たわっている。装飾古墳も二基。鶴見岳は火山である。今でもときおり鳴動、噴火、地震を引き起こす。別府温泉の源泉はすべてがこの鶴見岳の火山活動のたまものである。対して由布岳は姿かたちが明媚ではあるが、火山ではない。この連山には修験道の痕跡がある。また麓には幾多の火山弾が、あたかも牛のように転がっているので、往古の鳴動を物語っている。
ではゆふのさととはいったいどこになるか?
思うにそれは湯布院盆地から北東へのぼって広がる塚原高原しか考えられぬこととなる。したがって「由布」とは今の湯布院盆地ではなく、塚原だったことになるだろう。
思うにそれは湯布院盆地から北東へのぼって広がる塚原高原しか考えられぬこととなる。したがって「由布」とは今の湯布院盆地ではなく、塚原だったことになるだろう。
この塚原にはしかし木綿伝承は見えない。
ただ由緒ある塚原神社には「甘酒まつり」の風習が残っており、これは一種の追儺「おこない」行事である。すなわちこの日ばかりは男が「まかない」をし、女たちはなにも家事をしない。いわゆる「おせったい」を亭主連から受けるのである。
ただ由緒ある塚原神社には「甘酒まつり」の風習が残っており、これは一種の追儺「おこない」行事である。すなわちこの日ばかりは男が「まかない」をし、女たちはなにも家事をしない。いわゆる「おせったい」を亭主連から受けるのである。
果たしてこの里に往古、もめんを生業とする人々がいたのかどうか、今となってはわからない。
一般的に言われていることは由布岳の山麓にはかつてたくという樹木があって、その木の皮で木綿をこさえていたのだと聞かされている。しかし「ゆふ」とは「聖なる地」という別の意味があると地元郷土史家は考えているそうだ。
一般的に言われていることは由布岳の山麓にはかつてたくという樹木があって、その木の皮で木綿をこさえていたのだと聞かされている。しかし「ゆふ」とは「聖なる地」という別の意味があると地元郷土史家は考えているそうだ。
由布をはるかに見上げる、塚原高原の北側を越えたところに院内町・安心院町・宇佐神宮の宇佐市が控えるが、修験道では安心院にある米神山の中腹に「月の神石」なる聖地があって、そこから由布、鶴見・鼻牟礼山の三山が見晴るかせる。どうやらここから見る山々の頂点を結ぶ歳差角になにか聖なる意味があるようである。
それはおそらく妙見思想から来た観念ではあるまいか?
米神山は宇佐・大元山(大許山)の前に存在した聖地だった可能性がある。米神山、大元山、そして今の宇佐神宮が立つ亀山の頂点と由布連山の頂点がちょうど一点にあつまる場所に、佐田神社がある。また米神山には頂上に環状列石、山腹に幾多の石造遺構があって、立石が山のように林立する。大元山には三つの巨石立石があって大元神社のご神体になっており、これらの巨石がなんらかのランドマークではないかと考えられるのである。それがいつの時代の誰かとなると確かではないが、少なくとも宇佐から国東半島、耶馬溪、英彦山という修験ラインが存在し、巨石と奇岩があふれかえっている。おそらく海人族やのちの修験者の目印だったことは間違いあるまい。
米神山は宇佐・大元山(大許山)の前に存在した聖地だった可能性がある。米神山、大元山、そして今の宇佐神宮が立つ亀山の頂点と由布連山の頂点がちょうど一点にあつまる場所に、佐田神社がある。また米神山には頂上に環状列石、山腹に幾多の石造遺構があって、立石が山のように林立する。大元山には三つの巨石立石があって大元神社のご神体になっており、これらの巨石がなんらかのランドマークではないかと考えられるのである。それがいつの時代の誰かとなると確かではないが、少なくとも宇佐から国東半島、耶馬溪、英彦山という修験ラインが存在し、巨石と奇岩があふれかえっている。おそらく海人族やのちの修験者の目印だったことは間違いあるまい。
となると「ゆふ」という言葉はいったいどのような聖地なのか、そしてほかにはこの地名はないのかと考えると、谷川健一の琉球=由布島という考証に行き当たるのである。沖縄では「ゆふ」は「ふぶ」と発音されるそうである。「ユブ」とはなんなのかどなたかにしらべていただきたい。
湯布院から日田市にかけては柚子の産地である。
この棘の異常に長い柑橘類は生産が非常にめんどうで、果実をとるときにひどく怪我をする。それで柚子を作っていた農家はほとんどが山の民だった。つらい仕事に耐えられる縄文系の山の民だろう。その柚子には宇佐の天然物である櫟の大木とは別の種類の天然かいこが巣をかけたのかも知れない。つまり天然絹である。緑色に輝くと言う。
この棘の異常に長い柑橘類は生産が非常にめんどうで、果実をとるときにひどく怪我をする。それで柚子を作っていた農家はほとんどが山の民だった。つらい仕事に耐えられる縄文系の山の民だろう。その柚子には宇佐の天然物である櫟の大木とは別の種類の天然かいこが巣をかけたのかも知れない。つまり天然絹である。緑色に輝くと言う。
「柚の木」という地名も全国の山間部に山ほどある。果たして柚と「ゆふ」の関連はいかに?
また由布には「紙漉き」伝説が存在する。紙漉きという職能は、考えるに熊本がメッカで、湯布院にも阿蘇氏来訪の痕跡はいくらでも見つけることができる。谷川氏もつとにそれに気がつき、湯布院周辺の散策はかなりやっておられる。
まず由布院の六所権現のひとつである宇奈伎比売神社は阿蘇氏に関わった神社であろう。また大伴氏祖神・道臣(みちのおみ)を祭る蹴裂権現も熊本からだろう。さらに久住連山西側にあって白鳥伝説のある白鳥地区、千町無田地区もそうだろう。熊本・有明海沿岸域にいた多氏来訪地は鉱物探査の道と言っていいだろう。その道程の途中にある阿蘇にも千町無田地名がある。ここは阿蘇国造神社と古墳群のある阿蘇氏の聖地である。地名を「手野」という。「ての」とは「手を使う人のいるところ」だろう。手足荒神でも陳べたが手足は鉱山氏族、職能民を指す。
こうして考えてゆくとやはり環状列石などは鉱山探査のランドマークで、その始まりは考古学的視点、民俗学的視点からは5世紀以降。しかし天文観測の歴史から見る人には紀元前という数値が出されてもいる。これがとんでもない数値と決め付けるには、実は欧米の研究から出されている海洋民族のランドマーク起源が紀元前3000年という説からすると早計な気もしないでもない。中には古墳すら3世紀どころか紀元前数年にまで繰り上げようと言う意見まで出ているが、こうした岩石研究家やペトログリフ研究家から出ている紀元前説にはやや肯首しがた。やはり妙見思想が出て来る平安時代以降の道教と修験の大ブームにこそ起源を求めるべきだろう。しかしその大元には古代からの海人族の実用的な航行測定や魚群探査の視点が応用されたことは否定できない。すなわち漁師たちは海上の小船から魚山を見つける手法を持っており、それもまた直角三角形の頂点を結ぶ近代三点測量法に応用されているのである。

コメント
コメント一覧 (2)
kawakatu
が
しました
しかし角度が違います。
あっちのブログに画像盛りだくさんです。
由布の頭はバルタン星人です。
kawakatu
が
しました