■帯金具
北海道から出土する青銅製帯金具(バックル)は「靺鞨(まっかつ)系」で、中国や日本本土の官位を示す金具とは異なる様式である(阿部義平1999)。
北海道から出土する青銅製帯金具(バックル)は「靺鞨(まっかつ)系」で、中国や日本本土の官位を示す金具とは異なる様式である(阿部義平1999)。
これらは模様、彫金からみてあるいは南方で製作された可能性もあるが、北海道北西部(続縄文時代の宇津内文化圏)と靺鞨の間に5~8世紀の間に往来があった証拠品となる。
→http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/52882997.html
帯金具は威信財であり、双方に官位を授受する関係があった遺物ゆえに、そのえにしはかなり深いと考えられる。黒竜江流域だけではなく広域に及ぶためすべてが靺鞨の生活基盤と断定することは今のところ難しいようだが、関係の深さは間違いなく存在。蝦夷かアイヌたちが日本だけでなく大陸とも交流があったことの証拠品である。
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帯金具は威信財であり、双方に官位を授受する関係があった遺物ゆえに、そのえにしはかなり深いと考えられる。黒竜江流域だけではなく広域に及ぶためすべてが靺鞨の生活基盤と断定することは今のところ難しいようだが、関係の深さは間違いなく存在。蝦夷かアイヌたちが日本だけでなく大陸とも交流があったことの証拠品である。
これは蝦夷らに限らず、北方に戻った縄文系民族と大陸との交流という視点で重要だろう。
■『新唐書』「流鬼国」
菊池俊彦は流鬼国とはギリヤ-ク民族でオホーツク文化の継承者の住む国だと考えている。
記録ではそこは黒水靺鞨(黒竜江流域)の東北にあり、少海の北側にあり三方を海に囲まれているとある。谷地多く、海産物を出し、霜雪が多く、細長い木をすべらせて(スキーか?ソリか?)獣を追い、狗(キツネ?)が多く、その皮を着衣にする。クリの一種がある。兵は一万人に及ぶ。その王子が640年頃唐に朝貢し、騎都尉を授与したと。
菊池俊彦は流鬼国とはギリヤ-ク民族でオホーツク文化の継承者の住む国だと考えている。
記録ではそこは黒水靺鞨(黒竜江流域)の東北にあり、少海の北側にあり三方を海に囲まれているとある。谷地多く、海産物を出し、霜雪が多く、細長い木をすべらせて(スキーか?ソリか?)獣を追い、狗(キツネ?)が多く、その皮を着衣にする。クリの一種がある。兵は一万人に及ぶ。その王子が640年頃唐に朝貢し、騎都尉を授与したと。
日本の記録では、659年粛慎(みしはせ・みちはせ・あしはせとも)が日本と関係。一部は都へも行き、また一部は秋田城下に居住したと。多賀城碑にも8世紀には日本から役人が派遣され、『続日本紀』もそう書かれている。
■骨嵬(こつがい)
アイヌのことかと言われている。
13~14世紀頃まで大陸に北上し、元の時代にもこれをなかなか追い払えなかったと記録がある。
アイヌのことかと言われている。
13~14世紀頃まで大陸に北上し、元の時代にもこれをなかなか追い払えなかったと記録がある。
■サハリンのオホーツク文化は察文文化の影響が少なからず見られる。
こうしたことからも縄文系北方系の日本人としての蝦夷やアイヌたちは相当に古くからサハリンから北方四島にかけて住んで大陸やヤマトと交流していたことがいたことがはっきりとわかる。
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Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
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コメント
コメント一覧 (2)
縄文人は北方民族と交易しておったんですね。
傑作&ランクリ
kawakatu
が
しました
kawakatu
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