世界最古の料理の痕跡(つまり炉の跡)
■■アフリカ
■南アフリカ    100~150万年前 焼けた骨
■ケニア   コービ・フォラ遺跡    同じく   高温で焼けた土塊(料理なのかどうかは判別不可)
これらはあるいは落雷などのせいで焼けただけかもしれない。

■■レバント、中近東
■イスラエル ヨルダン川そばのゲシャー・べノット・ヤーコブ遺跡  75万年前
焼けた種、木、火打石、手斧

■■欧州
■スペイン トラルバ、アンブロナ   紀元前50万から30万年前 炭と木が、アシュール文化の石器と共出。

■ドイツ ビルツィングスレーベン遺跡 40万850年前 多数の炉が居住区の外側にあり、丸く石を敷いてカマドにしてある。

■イギリス ビーチズ・ピット遺跡   40万年前 ゆったりと傾斜した土手に直系1㍍の黒く変色した場所があった。周囲に手斧八挺。
土手上部には火打石(フリント)多数。

■ドイツ  シェーニンゲン遺跡    40万年前 トウヒとマツを削った精巧な投げ槍半ダース。あきらかに人間の手で殺傷された馬の骨、22頭分。骨にはっきりと人間がナイフなどで削り取ったような傷跡あり。火打石多数。四箇所の直径1㍍の炉跡。焦げた木片もいくつかあり、うち一本は細かく削られた火かき棒か串らしきもの。馬は当然野生馬で、大量に殺したものの食べきれず、数日間滞在し、肉を干したとされる。最古の欧州狩猟生活の生々しい現場として著名。

■フランス サン・エステーヴ・ジョンソン エスカーレ洞窟  20万年前の炉が5つと赤土。

※これらの資料は欧州人学者によるもので、必ずしもアジア地域にないと考えぬほうがよい。考古学がアジアは遅れて始まるので、まだ見つかっていないだけかも知れない。(中国考古学者の怠慢あるいは資金不足、あるいは無関心のためだろうか?)
金儲け第一、学芸二の次だからだろう。
■→訂正 周口店遺跡 25~75万年前 ちゃんとあった。しかし中国人の調査は大げさな数字を出したがる。せいぜい40万年前としておこう。世界的には信頼度まだまだ。


これらの遺跡から推測するに、ホモ・サピエンスが生まれる30万年以上前から、料理は存在していたと言うことが言える(リチャード・ランガム)。つまりホモ・ハイデルベルゲンシスの頃から、人類は火を使っていることになり、炉やその道具もその頃にはすでに作られている。新人が10万年前、旧人のハイデルベルゲンシスは180万年前に登場している。従って火を使い調理するのはクロマニョン人の専売特許ではない。

可能性として、ホモ・エレクトスからハイデルベルゲンシスへの移行段階で、すでに火を使えていたと考えられるが、ちょうどその時期は脳の容量が約30パーセント増え、顔が平坦になり、額が高くなる移行期にあたるが、その変化は微小で、特に食事の変化と対応したものとは考えにくい。そうするともっと劇的な骨格の変化が起きるのは、その前のホモ・ハビリスからエレクトスへの移行期、180万年前くらいまで遡れる可能性が出てくる。ハビリスはほとんど類人猿から進化していないので、人類は森を出てしばらくすると、もう火を使っているのかも知れない。炉跡や焼け跡などの証拠が、極めて少ない時期なので断言はできないが。

ホモ・ハビリスからエレクトスにかけては、臼歯の縮小化、それに比して体格の拡大、あるいは木登りに適した骨格が著しく退化したなどの劇的変化が起きている。

特に歯の縮小率と体躯の拡大率は、人類600万年の歴史で最大である。
この時期に、完全に草原に下りたために、火を使い野生の脅威である肉食獣などを追い払うことを覚えれば、料理まではあと一歩である。木登りに適していたハビリスからそうでない体格に変化し、地上で暮らすようになったのはエレクトスからだと考えられるから、当然、火が必要となっただろう。なにしろサーベル・タイガーがいた時代である。


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