■現象としての言葉「妖怪」の初出
『続日本紀』宝亀8年(772年)
「大祓、宮中にしきりに、妖怪あるためなり」・・・・・・奈良時代の時点で妖怪は恠異現象を表す言葉である。

■怪物としての「妖怪」初出
『太平記』洪武3年(1370年)頃
「相模入道かかる妖怪にも驚かず」・・・・・・・・妖怪が現象から、はっきりとした形をもったモノを指す言葉として用いられるようになった初出である。時代は都が騒然としていた南北朝時代にあたる。

漠然とした現象であったアヤカシが、次第に輪郭を持ち始めるのであるが、平安時代には『枕草子』が「御もののけ」という言葉で、その中間的存在としての妖怪・恠異観念を書き表している。
古代から平安、室町にかけて妖怪は次第に形をもつ具体的形象を持たされていくことがわかる。

■江戸期に入ると、それまで各地で各人が、勝手にイメージしていた妖怪の形を、絵によって統一するものが登場する。井上円了である。
円了は「妖怪学」という言葉をはじめて作り出し、民俗学として妖怪を考察、分類し、ビジュアルによってより具体性を持った妖怪像を作り出して行った。科学としてはじめて妖怪・恠異を考察したのが彼である。科学者が常にそうであるように、円了の妖怪に対する接し方は客観的で、深刻なものではない。
というのは、分析者と治療者では、恠異に対する接し方の現実味がまったく違うからである。僧侶、巫覡など、妖怪を「つき物」として、その治癒を依頼されたものは、もちろん科学者として事象を分析もしたが(客観性)、同時にそれを治す責務を負った分けだから(主観性)当然、妖怪・恠異に対して深刻にならざるを得ない。机上と臨床にはそれほどの現実味の相違がある。円了は妖怪を”楽しむ”立場にあった。


酒'002;童子絵巻

■明治時代
井上円了の「妖怪学」を近代科学である民俗学の立場から学問的に、やや反発を持ちつつ最初に考察したのは柳田國男である。
そのきっかけは1923年出版された風俗史学者・江馬務(えま・つとむ)の『日本妖怪変化史』である。
江馬の仕事は、妖怪の分類と属性の分析、そのためのささやかではあるが妖怪話の蒐集であった。
この本は現在、中公文庫で読むことができる。
このように、迷信や奇妙な信仰については客観的な分析=科学と、主観的な興味=趣味と、当事者的な迷信とがある。
例えば世間では、これらに関わる人すべてをひっくるめて見る傾向がある。どれも酔狂であるとしてひとまとめにしてしまうのである。

■現代
学問的に柳田を引き継いだのが、阿部主計(かずえ)、阿部正路、今野圓輔、石塚尊俊、谷川健一、井之口章次、桜井徳太郎、石川純一郎、小松和彦・・・・文学では馬場あき子、佐竹昭広、藤沢衛彦(もりひこ)などなどであり、そして宮田登『妖怪の民俗学』である。
蒐集としては松谷みよ子『学校』、常光徹『学校の怪談』などがいる。そして妖怪を井上了円よりもさらに具体的に、さらに数多く、ビジュアルによって世間に一般化させたのが水木しげるとテレビである。これによって妖怪は広く一般的用語となり、そのイメージは一元化し、固定された。それは同時に、(水木には思いもしないことだったろうが)妖怪は解体され、常識化され、その仕事を終ったことになるのかも知れぬ。すでに妖怪は子どものおもちゃに成り下がったとも言える。効力は0になった。

■妖怪学は人間の差別の歴史から生まれる
妖怪・怪奇現象にはさまざまの様式がある。
古代においてはまず怨霊である。すべては怨霊・祟り神のなせる仕業であると解釈。それは底辺からではなく為政者側からの事象、事件、事変に対する理由づけでおさまっていた。なぜそうなるのか?は祟りのせいなのであり、それは「おまえが、あいつが、そういうことをしたからそうなった」あるいは逆に「そういうことが起きたのは怨霊になったもののせいである」という因果応報であり、それが解説であって、すべては片付いた。

妖怪や怨霊や恠異現象は、混乱の時代には上記のように、すでに死んだものの怨霊によって、現実の人間を陥れる理由になった。
平和な時代、景気のよい時代には、それらは好奇心を満たすための風物詩になった。

混乱の時代・・・すなわち古代~平安・室町・戦国・明治には妖怪や怪奇は差別と暗殺の道具、理由になる。
平穏な時代・・・すなわち近世・現代にはレクレーションである。
不景気な時代・・・すなわち今は、妖怪は遺棄されてゆく運命にある。それどころではない。

以上、妖怪・魔・もののけ・憑キモノ・付喪神・怨霊・死霊などの恠異現象のすべては国家と人間と差別の歴史を解明するためのひとつのヒントになる。


つづく・・・かもしんない。

参考 小松和彦『妖怪学新考』洋泉社 2007


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