呰見(あざみ)大塚古墳から西北へすこしゆくと、豊前では綾塚・橘塚方墳のある勝山黒田地区にぶつかる。黒田の隣に箕田(みだ)地区があって、なんということもない農村だが、立派な前方後円墳が二基もある。ひとつは扇神社古墳、いまひとつが箕田丸山古墳である。
綾塚や橘塚、あるいは彦徳甲塚などの方墳ばかりが豊前ではとりざたされるが、前方後円墳はそれらよりも古い形式で、規模がずいぶん大きい。その箕田丸山古墳から、呰見大塚と同系統の素環頭太刀が出ている。どちらも鳳を柄の環頭部に持つ珍しい様式の太刀である。
この時代を異にする二つの古墳の被葬者が、奇しくも同じような副葬品を持つ。おそらく二本の剣の贈り主は同じ文化圏の、それもおそらく大陸の国家だったのではないか?それがもちろんヤマト経由でここの被葬者に下賜された可能性もある。
装飾を持つ氏族が、限りなく海人族に近いと考えれば、それは中国製か百済製の可能性がある。例えば鳳は百済武寧王もよく使った。
装飾を持つ氏族が、限りなく海人族に近いと考えれば、それは中国製か百済製の可能性がある。例えば鳳は百済武寧王もよく使った。
今回も、現説では一切「渡来系」「秦氏」という言葉は出てこなかった。もちろん時代もあるだろうが、なにしろ勝山、香春というメッカを控える土地柄である。
須恵器も、ここのものがヤマトが河内のスエムラ製品を下賜した可能性も捨てがたいが、地方考古学なのだから、もうすこしオリジナルな着想もあってよかろう。
なにも研究者までヤマトにへいこらしなくてもよいと思うのだが。
ついでに稲童の石並古墳にも回っておいた。豊津は知り合いがいるので、その大金持ちの病院経営者にも会ってきた。豊津歴史資料館のすぐそばで、ちょうど八景山古墳群も目と鼻の先だった。隼人の剣が出た竹並古墳群のごく近くなのだ。
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コメント
コメント一覧 (9)
言われた人は守るべきと思いますが。
みやこ町にはもう1基、寺田川古墳という前方後円墳がありますね。
ただ、扇八幡や箕田丸山にくらべるとだいぶ小さいですけど、石室はだいぶくずれていたけど箕田丸山と同じような感じですね。
kawakatu
が
しました
来場者へ遺跡の紹介用に配ったパンフですから、そこに辿り着けた人だけのものにするのは勿体ない、行きたくても行けなかった人のためにも、公開した方が理に叶っていると思うのですけれど、よろしくないことなのでしょうか?
kawakatu
が
しました
そもそも石室は撮影を禁止するの反面、遺物は撮影していいわけですから、それを摂らせておいて使うなという考え方は矛盾していますね。地方の古墳情報は確かに少数マニアくらいしか興味がない事柄で、公開する側にも「知って欲しい」「でも荒らされたくない」という矛盾した観点が裏腹に存在するようです。
別府市の装飾古墳内で、天井の岩をぐるっとながめていてふらっとし、思わず石槨に手をついたのを、Oobutaさんも覚えておられるかと思います。あのとき助手の女子大生が「あ、気をつけてください」と声をかけたのが、私のことを心配したのではなくて、石室のほうであったという人間としての本末転倒ね。つい、それを思い出していました。考古学職人というオタクの本質がそこにある気がしています。^^
kawakatu
が
しました
問題あるのならば先方から連絡があるだろうし、「しばらくの間」とあいまいなことを言ってから解釈によっては1時間後だろうがOKになるのでは。
箕田丸山古墳前方部石室の石室ですが私は後円部の石室だと思っていました。
今日、発掘時の両方の石室の写真を見ましたがやはり後円部でした。
現地で前方部の石室を見つけられませんでしたがひょっとして埋め戻してしまったのでしょうか?
kawakatu
が
しました
前方部石室は、祠の右側にあったと思いますが、後方部は左側道路をすこしだけ上がった場所にありました。埋め戻してはおりません。
おっしゃる問題、私には彼らの立場もあるんだろうとは感じます。私がきついことを学者に言うのはあくまでも愛情表現でして。きつく見えて私けっこうやさしいんです。
kawakatu
が
しました
kawakatu
が
しました
→祠の左側にあったと思いますが、後方部は右側道路を・・・です。
kawakatu
が
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みやこ町はもう行かないつもりでしたが、もう一度行かなければなりませんな。
kawakatu
が
しました
おとは蕨手さんところに書き込みます。ちょっと声をかけておきましょう。
kawakatu
が
しました