■これまで確認されている旧石器時代人=更新世人類(今後訂正の可能性がないとは言えないが)
●「日本列島最古の人骨」石垣島人(仮称)
2010年2月10日沖縄県石垣島 【那覇】新石垣空港建設地内の石垣市白保竿根田原洞穴周辺遺物散布地(通称C1洞穴)で発見された人骨が約1万5000年から2万年前のもので、日本最古の年代になることが4日分かった。その結果、後期更新世(旧石器時代)に石垣島にヒトが存在していたことが明確になり、人類学のうえで重要な発見となった。また、遺跡が存在した場合、県文化財保護条例などにより遺跡保護の可能性もあることから、今後の空港建設計画やスケジュールなどへの影響も注目される。
2010年2月10日沖縄県石垣島 【那覇】新石垣空港建設地内の石垣市白保竿根田原洞穴周辺遺物散布地(通称C1洞穴)で発見された人骨が約1万5000年から2万年前のもので、日本最古の年代になることが4日分かった。その結果、後期更新世(旧石器時代)に石垣島にヒトが存在していたことが明確になり、人類学のうえで重要な発見となった。また、遺跡が存在した場合、県文化財保護条例などにより遺跡保護の可能性もあることから、今後の空港建設計画やスケジュールなどへの影響も注目される。
※古い人骨や化石の年代は、発見された地層から間接的に推定されることが多く、これまで人骨から直接測定したもので最も古かった人骨は、静岡県浜北市(現浜松市)で1960年代に見つかった約1万4000年前のものだった。
八重山毎日新聞記事→http://www.y-mainichi.co.jp/news/15369/
●浜北人
浜北人は、静岡県浜北市(現・浜松市浜北区)根堅(ねがた)の石灰石採石場で、1960~1962年に発見された頭骨片と四肢骨片(鎖骨・上腕骨・骨・脛骨)の人骨化石である。上・下2つの地層から出土した。それぞれの層から出た獣骨の年代を加速器質量分析(AMS)法による炭素年代測定での結果は、上層が約1.4万年前、下層出土の脛骨が約1.8万年前を示した。
● 港川人
1967年~1969年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)の港川採石場の石灰岩フィッシャーで実業家・大山盛保によって人骨(上腕骨・尺骨・骨・大腿骨2点・脛骨2点・距骨・第1中足骨)の断片が発見された。上部港川人骨と呼ばれている。年代はおよそ1.2万年前と考えられている。
1970年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)港川採石場で数体の人骨化石が実業家・大山盛保によって発見された。人骨は少なくとも5体を数え、男性2体を含むという。約1.8万年前とされる。縄文時代が約1.3万年前から始まるとされていることから、更新世末及び後期旧石器時代末にあたる。顔は四角く、目は窪み、鼻はやや広く、立体的で頑丈であることなど現代日本人とは全く違っていて、縄文人と似ているところが目立つ。頭蓋では、骨が厚く、前頭骨が小さく、脳頭蓋の下部が幅広いなど独自の特徴でかなり原始的である。また、男性の推定身長は153~155センチメートルで、上半身は華奢であり、かなり小柄である。
● 山下町洞穴人
沖縄県那覇市山下町第一洞穴で、1968年に発見された。約3万2000年前とされる6~7歳の子供の大腿骨と脛骨で、国内では最古級の人骨である。最近の検討によると、初期現代型新人の特徴に一致するという。
●その他、沖縄県で発掘され報告されている人骨化石
沖縄県宜野湾市大山洞穴(ぎのわん)
沖縄県国頭郡伊江村真謝カダ原洞穴(くにがみぐんいえそんまじゃかだばる)
沖縄県中頭郡北谷町桃原洞穴(なかがみぐんちゃたんちょうとうばる)
八重山毎日新聞記事→http://www.y-mainichi.co.jp/news/15369/
●浜北人
浜北人は、静岡県浜北市(現・浜松市浜北区)根堅(ねがた)の石灰石採石場で、1960~1962年に発見された頭骨片と四肢骨片(鎖骨・上腕骨・骨・脛骨)の人骨化石である。上・下2つの地層から出土した。それぞれの層から出た獣骨の年代を加速器質量分析(AMS)法による炭素年代測定での結果は、上層が約1.4万年前、下層出土の脛骨が約1.8万年前を示した。
● 港川人
1967年~1969年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)の港川採石場の石灰岩フィッシャーで実業家・大山盛保によって人骨(上腕骨・尺骨・骨・大腿骨2点・脛骨2点・距骨・第1中足骨)の断片が発見された。上部港川人骨と呼ばれている。年代はおよそ1.2万年前と考えられている。
1970年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)港川採石場で数体の人骨化石が実業家・大山盛保によって発見された。人骨は少なくとも5体を数え、男性2体を含むという。約1.8万年前とされる。縄文時代が約1.3万年前から始まるとされていることから、更新世末及び後期旧石器時代末にあたる。顔は四角く、目は窪み、鼻はやや広く、立体的で頑丈であることなど現代日本人とは全く違っていて、縄文人と似ているところが目立つ。頭蓋では、骨が厚く、前頭骨が小さく、脳頭蓋の下部が幅広いなど独自の特徴でかなり原始的である。また、男性の推定身長は153~155センチメートルで、上半身は華奢であり、かなり小柄である。
● 山下町洞穴人
沖縄県那覇市山下町第一洞穴で、1968年に発見された。約3万2000年前とされる6~7歳の子供の大腿骨と脛骨で、国内では最古級の人骨である。最近の検討によると、初期現代型新人の特徴に一致するという。
●その他、沖縄県で発掘され報告されている人骨化石
沖縄県宜野湾市大山洞穴(ぎのわん)
沖縄県国頭郡伊江村真謝カダ原洞穴(くにがみぐんいえそんまじゃかだばる)
沖縄県中頭郡北谷町桃原洞穴(なかがみぐんちゃたんちょうとうばる)
■旧石器時代人(原人・更新世人類)ではなかったと判明した過去の人骨
●葛生人(くずうじん) - 栃木県葛生町で1950年代に発見され、元早稲田大学教授直良信夫によって更新世人類と考えられた。しかし、発見された骨8点のうち4点は、動物骨であることが確認された。残りのうちの2点は放射性炭素年代測定の結果400年前の人骨であることが分かった。
●三ヶ日人 - 1959年~1961年に静岡県三ヶ日町(現浜松市)の石灰岩採石場から頭骨片5点、骨(腸骨)、大腿骨など複数の成人の骨が発見され、後期更新世人類と考えられたが、放射性炭素年代法により9000年前の縄文時代早期の人骨と分かった。
●牛川人 - 1957年に愛知県豊橋市牛川鉱山で上腕骨と大腿骨の化石が発見され、東京大学名誉教授鈴木尚によって中期更新世人類(旧人)と考えられたが、人骨の特徴を備えていなかった。
●聖岳人 - 1962年に大分県本匠村聖嶽洞穴で前頭骨片と頭頂後頭骨片が発見され、元新潟大学教授小片保によって中国の山頂洞人と似ているとされたが、形態面や年代推定から歴史(江戸)時代に属する可能性が極めて高くなった。
●明石人 - 1931年に兵庫県明石市で直良信夫により骨が発見され、直良は旧人としたが学会は受け入れなかった。その後、人骨は戦争で焼失し石膏模型のみが残った。戦後、長谷部言人がこれを原人として論争が起こったが、現在ではごく一部を除き新しい時期の人骨とする意見が強い。
●葛生人(くずうじん) - 栃木県葛生町で1950年代に発見され、元早稲田大学教授直良信夫によって更新世人類と考えられた。しかし、発見された骨8点のうち4点は、動物骨であることが確認された。残りのうちの2点は放射性炭素年代測定の結果400年前の人骨であることが分かった。
●三ヶ日人 - 1959年~1961年に静岡県三ヶ日町(現浜松市)の石灰岩採石場から頭骨片5点、骨(腸骨)、大腿骨など複数の成人の骨が発見され、後期更新世人類と考えられたが、放射性炭素年代法により9000年前の縄文時代早期の人骨と分かった。
●牛川人 - 1957年に愛知県豊橋市牛川鉱山で上腕骨と大腿骨の化石が発見され、東京大学名誉教授鈴木尚によって中期更新世人類(旧人)と考えられたが、人骨の特徴を備えていなかった。
●聖岳人 - 1962年に大分県本匠村聖嶽洞穴で前頭骨片と頭頂後頭骨片が発見され、元新潟大学教授小片保によって中国の山頂洞人と似ているとされたが、形態面や年代推定から歴史(江戸)時代に属する可能性が極めて高くなった。
●明石人 - 1931年に兵庫県明石市で直良信夫により骨が発見され、直良は旧人としたが学会は受け入れなかった。その後、人骨は戦争で焼失し石膏模型のみが残った。戦後、長谷部言人がこれを原人として論争が起こったが、現在ではごく一部を除き新しい時期の人骨とする意見が強い。
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※港川人にせよ、今回の人骨にせよ、またまた沖縄列島からの出土。
静岡の浜北人以外に、列島本土での出土がないのがどうも気になるところ。
15000~20000年前に九州以北の本土に来た人類はどこに消えたのか?それともまだ来ていない?
ちなみみ氷河期でも、沖縄諸島と奄美大島、鹿児島間は凍っていなかったようだから、沖縄各地で見つかっている原人が直接日本人の祖先になると言えるのかどうか、少なくとも筆者にはわからない。
静岡の浜北人以外に、列島本土での出土がないのがどうも気になるところ。
15000~20000年前に九州以北の本土に来た人類はどこに消えたのか?それともまだ来ていない?
ちなみみ氷河期でも、沖縄諸島と奄美大島、鹿児島間は凍っていなかったようだから、沖縄各地で見つかっている原人が直接日本人の祖先になると言えるのかどうか、少なくとも筆者にはわからない。
●縄文人と旧石器人の違い。
簡単に言えば旧石器を使うか、新石器を使うかの違いで区分されてきている。
縄文人という呼称は日本だけで通用する時代区分で、世界的には縄文時代は新石器時代。
このごろは朝鮮半島との比較論が大変増えているが、そのときには縄文人はあくまで新石器人と表記され、()つきの(縄文人)が添付されることが多い。
●古代の中のタイム・スケール
ざっとした捕らえ方だが、後期旧石器時代が約1万年、縄文時代が約1万3000年のスパン。
これに対して弥生時代は1100年くらい、古墳時代が400年くらい。(最近は九州の縄文後期は弥生時代草創期でいいのではないか?という意見が増えている)
旧石器、新石器はもう少し区分が必要か?
また弥生と縄文の境目も、昨今の考古学の目覚しい調査や、炭素年代法の取り入れなどで、やや一般人には猥雑になってきている。つまり弥生時代とは「弥生人=倭人の祖としての大陸渡来人が来てから、縄文人と混血したのが倭人だから、彼らの持ち込んだ水耕稲作と弥生式土器の遺構・遺物の出土と人骨によって判別された」人類ということになる。
現在の考古学者の多くが共通して「水田」「水耕稲作」を決め手にしている傾向がある。そもそも弥生時代とは「弥生式土器」を使っていた時代のこと。
簡単に言えば旧石器を使うか、新石器を使うかの違いで区分されてきている。
縄文人という呼称は日本だけで通用する時代区分で、世界的には縄文時代は新石器時代。
このごろは朝鮮半島との比較論が大変増えているが、そのときには縄文人はあくまで新石器人と表記され、()つきの(縄文人)が添付されることが多い。
●古代の中のタイム・スケール
ざっとした捕らえ方だが、後期旧石器時代が約1万年、縄文時代が約1万3000年のスパン。
これに対して弥生時代は1100年くらい、古墳時代が400年くらい。(最近は九州の縄文後期は弥生時代草創期でいいのではないか?という意見が増えている)
旧石器、新石器はもう少し区分が必要か?
また弥生と縄文の境目も、昨今の考古学の目覚しい調査や、炭素年代法の取り入れなどで、やや一般人には猥雑になってきている。つまり弥生時代とは「弥生人=倭人の祖としての大陸渡来人が来てから、縄文人と混血したのが倭人だから、彼らの持ち込んだ水耕稲作と弥生式土器の遺構・遺物の出土と人骨によって判別された」人類ということになる。
現在の考古学者の多くが共通して「水田」「水耕稲作」を決め手にしている傾向がある。そもそも弥生時代とは「弥生式土器」を使っていた時代のこと。
また九州では弥生草創期から始まるが、それより西は早期からとされ、そのタイムスパンは50~100年。北海道には弥生時代はない。東北も弥生時代はないとされている(例外地域はある)のが現状。
というわけで先史時代の時代区分はざっとしていて、地域によってタイムラグがある。
だから「古代」と一口に言っても、頭の中でこれらのスケール(尺)を切り替えることができる人でないと、なかなか大変である。まして原人よりも前ともなると数10万年単位の中での進化が加わる。ぼやっとしていると頭が切り替わらなくなるかも。そういうふうになったらも歴史のお勉強は終了ですな。同時に運転免許も返したほうが身のため人のためでしょう。これ、ひとつの目安かも。最初からできない人もいるでしょうが、そんな人は歴史やらないほうがいいかも。毎度、きついこと言ってゴメンネ。天文学とか古生代なんかやれる人は希少人類ですわなあ。だから子供が大好きなのね。子供ってすごいね。
というわけで先史時代の時代区分はざっとしていて、地域によってタイムラグがある。
だから「古代」と一口に言っても、頭の中でこれらのスケール(尺)を切り替えることができる人でないと、なかなか大変である。まして原人よりも前ともなると数10万年単位の中での進化が加わる。ぼやっとしていると頭が切り替わらなくなるかも。そういうふうになったらも歴史のお勉強は終了ですな。同時に運転免許も返したほうが身のため人のためでしょう。これ、ひとつの目安かも。最初からできない人もいるでしょうが、そんな人は歴史やらないほうがいいかも。毎度、きついこと言ってゴメンネ。天文学とか古生代なんかやれる人は希少人類ですわなあ。だから子供が大好きなのね。子供ってすごいね。
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コメント
コメント一覧 (2)
kawakatu
が
しました
今日は、次から次と長文の更新ありがとうございました。
てゆうか~~、すご~~い!
「あたまがふらっと」って・・・・
今日は、もうゆっくり寝てください。。
おやすみなさい。(*^_^*)ノ
kawakatu
が
しました