■同心の草

中国唐代の女流詩人・薛濤(せっとう。字(あざな)は洪度(こうど)。)の「春望詞」に次のような一説がある。

 風花日将老(ふうか ひに まさに おいんとす)
 佳期猶渺渺(かき なお びょうびょうとして)
 不結同心人(どうしんのひととむすばず)
 空結同心草(むなしく むすぶ どうしんのくさ)

☆佳期-嬉しい約束の日。

風に散る花は日ごとに春の風情を失っていく。恋人と会う約束の日ははるかに遠い。心を同じくする恋人と結ばれず、かいもなく、草だけを同心に結んでいる。

という詩であるが、この中に描かれている「同心の草」という心については、おそらく「同じこころ=相愛」という意味と念呪観念の象徴としての「草を同心に結うて願う」行為が掛けられている。
「同心」とはひとつの心であると同時に草やツルを結びそこに呪を編みこむという古代人の観念を表す形であろう。
古代中国では相思相愛を念じて錦の帯をつぎつぎに輪にする習慣があって、これを「同心結び」と言った。(中西進『古代往還』2008)
ちょうど子供がクローバーの花かんむりを作ると同根の呪である。
この習慣は紀元前にまで遡り、七世紀隋の記録もある。
あの悪名高いはずの煬帝が愛する夫人にこの同心結びの錦を贈っている。
煬帝は同心結びした錦を数枚、金の箱に入れ、紙の端を揃えて(これを合際という)「封」して贈ったと記録されている。

円に結い上げる行為はもともと草を結んだり、籠を編んだり、やがてそれがカゴメ模様などの呪紋へと簡素化されていき、平安時代には五芒星へと変化して行った。つまり「結い」や「組みひも」「編む」「縫う」あるいは「織る」「一筆書き」などの女性的行為には願いをかなえる呪があったわけである。端をそろえるという几帳面で女性的行為にも呪があり、幾何学模様なども最初は一筆書きを繰り返すことから生まれたのだろう。これらはつまり「終わりなき永遠」を表すことになる。すなわち永遠の生命、再生の呪模様だった。

■そこで吉備から出土している「撥形文土器」や「弧文」、ミサンガのような組みひも腕輪のことが思い出される。
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同心は同時に輪であり、そのままでは終わってしまう直線の両端を合わせる事で、そこに永遠が生じる。
円には端っこがないのである。
これが土器に描かれると縄文土器から吉備型甕まで、きれることなくほどこされ続けてきた線刻模様としての沈線になったと思われる。
終わりがないこと、それはとりもなおさず永遠の生への念である。
畿内の壁画古墳や地方豪族の石棺に刻まれた直弧文や纒向・吉備の弧文は、この「永遠」を切り貼りして幾何学の組み合わせることで、死が命をわかってもいずれはまた再生するのだというリーインカーネーションという哲学が生まれた証明であろうか?

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