■吉備東部の新興氏族である和気氏出身。
父;藤野別乎麿 母:不明
■天平神護元年(765)、従六位上 藤野真人清麻呂として記録に初登場。勲六等。
これは前年の仲麻呂の乱でたてた勲功褒章だったと考えられている(狩野久)。当時32歳。真備71歳。
■姉・広虫 従七位下から従五位下へ叙せらる。
広虫は孝謙天皇の側近であったため、清麻呂もとんとん拍子に出世したようだ。
これは前年の仲麻呂の乱でたてた勲功褒章だったと考えられている(狩野久)。当時32歳。真備71歳。
■姉・広虫 従七位下から従五位下へ叙せらる。
広虫は孝謙天皇の側近であったため、清麻呂もとんとん拍子に出世したようだ。
■神護景雲三年(769)、一族と共に輔治能真人(ふじのの・まひと)賜姓。
このころ弓削道鏡は法王になり宇佐八幡の神託があって帝位をうかがうと言うが、実際には心がおかしくなった女帝からの考案ではないか。
宇佐で神託に誤りがあったことを奏上し、清麻呂は大隈(鹿児島)へ配流。仏門に入っていた姉も還俗させられ備後へ配流。名前を「きたなまろ」に改悪される。翌年、称徳死去。道鏡失脚。光仁天皇即位し、即刻清麻呂帰京させられる。従五位下に復活。豊前国司に。自ら望んで美作・備前国司に。
このころ弓削道鏡は法王になり宇佐八幡の神託があって帝位をうかがうと言うが、実際には心がおかしくなった女帝からの考案ではないか。
宇佐で神託に誤りがあったことを奏上し、清麻呂は大隈(鹿児島)へ配流。仏門に入っていた姉も還俗させられ備後へ配流。名前を「きたなまろ」に改悪される。翌年、称徳死去。道鏡失脚。光仁天皇即位し、即刻清麻呂帰京させられる。従五位下に復活。豊前国司に。自ら望んで美作・備前国司に。
■天応元年(781)従四位下
■延暦二年(783)摂津大夫、三年従四位上、五年民部大輔、七年中宮大夫。すべて兼任。
■延暦七年、河内と摂津の境に川を作り、河内川を引いて運河バイパス工事するも費用がかさみ中絶。
■延暦十二年、平安京造宮大夫就任。
私墾田100町を郷民に給付。延暦十六年死去。享年67歳。
近代になって紙幣の肖像画に採用された。
■延暦二年(783)摂津大夫、三年従四位上、五年民部大輔、七年中宮大夫。すべて兼任。
■延暦七年、河内と摂津の境に川を作り、河内川を引いて運河バイパス工事するも費用がかさみ中絶。
■延暦十二年、平安京造宮大夫就任。
私墾田100町を郷民に給付。延暦十六年死去。享年67歳。
近代になって紙幣の肖像画に採用された。
・・・・・・・・・・・・・
●宇佐神宮神託事件裏事情
この頃の宇佐神宮には大和大三輪氏出身を自認する大神(おおが)一族がやってきていた。
大神田麻呂が大宮司、その妹である杜女が巫女斎宮である。
この大神一族と東大寺初代別当・良弁(ろうべん)には深いパイプがあり、かつ渡来系百済王氏ともつながりがあったと見られる。
これがいわゆる宇佐~東大寺~出羽の金鉱脈神託の裏事情である。
東大寺大仏建立の裏側にあった宇佐神宮と東大寺、そして百済王氏のシンジケートと言っていいだろう。それを道元・道鏡・良弁のいわゆる組んだ腕と見る見方もあるわけである。
ここにもまたたぶれた女帝を翻弄する政権闘争が見えてくる。
ここで宇佐神宮が登場したことで、歴史状況ににわかに「旧態勢力」としての筑紫や八幡神とされた応神天皇からの倭五王の系譜暗躍が見えてくる気がする。つまり邪馬台国時代からの吉備と筑紫と倭五王の関わり。これの復活を画策したグループがいたのではないかと見えるのである。これは真言密教ラインか?
この頃の宇佐神宮には大和大三輪氏出身を自認する大神(おおが)一族がやってきていた。
大神田麻呂が大宮司、その妹である杜女が巫女斎宮である。
この大神一族と東大寺初代別当・良弁(ろうべん)には深いパイプがあり、かつ渡来系百済王氏ともつながりがあったと見られる。
これがいわゆる宇佐~東大寺~出羽の金鉱脈神託の裏事情である。
東大寺大仏建立の裏側にあった宇佐神宮と東大寺、そして百済王氏のシンジケートと言っていいだろう。それを道元・道鏡・良弁のいわゆる組んだ腕と見る見方もあるわけである。
ここにもまたたぶれた女帝を翻弄する政権闘争が見えてくる。
ここで宇佐神宮が登場したことで、歴史状況ににわかに「旧態勢力」としての筑紫や八幡神とされた応神天皇からの倭五王の系譜暗躍が見えてくる気がする。つまり邪馬台国時代からの吉備と筑紫と倭五王の関わり。これの復活を画策したグループがいたのではないかと見えるのである。これは真言密教ラインか?
■和気氏
「ところで一般的には、古代の氏族を語るとき「和気氏」と言ったら上述の「和気清麻呂」の一族だけを特定したことにはならない。幾つものその出自を異にする和気氏が存在する。
11垂仁天皇子供「鐸石別命」を祖とする和気氏が清麻呂に繋がるのである。これ以外にも12景行天皇皇子を祖とする和気氏・倭健命の子供を祖とする和気氏などある。歴史上有名人物は輩出していないが、かなりしっかりとした系図が残されている一族もある」
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/write.html
「ところで一般的には、古代の氏族を語るとき「和気氏」と言ったら上述の「和気清麻呂」の一族だけを特定したことにはならない。幾つものその出自を異にする和気氏が存在する。
11垂仁天皇子供「鐸石別命」を祖とする和気氏が清麻呂に繋がるのである。これ以外にも12景行天皇皇子を祖とする和気氏・倭健命の子供を祖とする和気氏などある。歴史上有名人物は輩出していないが、かなりしっかりとした系図が残されている一族もある」
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/write.html
「わけ」とは父親の姓が「藤野別」であることからも、備前藤野というところにいた、なにかの氏族の分家だった可能性はある。しかしよくわかっていないのが実情。
「わけ」が皇族の「わけ」系につながるという考察もありそうだが、どうも違うようである。
713年に備前が分割されて藤野は美作に含まれているから、おそらくこのとき分割された氏族が「和気」ではないかと思う。藤野一族がどこから来たのかは実際にはまったく不明。
「わけ」が皇族の「わけ」系につながるという考察もありそうだが、どうも違うようである。
713年に備前が分割されて藤野は美作に含まれているから、おそらくこのとき分割された氏族が「和気」ではないかと思う。藤野一族がどこから来たのかは実際にはまったく不明。
面白いと思ったらクリックよろしく!↓
If you feel this article if interesting, please make a ranking click. I ask!재미있다고 생각하면 클릭 잘! ↓
刚想==有趣单击适当地!↓↓ ↓ ↓
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ60%
にほんブログ村 科学ブログへ20%
にほんブログ村 小説ブログ ノンフィクションへ20%
ご注意:すべての記事に「ヤフーブログ専用の見えないIP読み込みタグ」がついています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Kawakatu他のサイトへのリンク
Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人
Kawakatu’s世界史・日本史同時代年表
http://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/MYBLOG/yblog.html/かわかつの眼
古代史用語辞典民族学伝承ひろいあげ辞典
歴史民俗学専科 復活版!かわかつワールド
http://red.ap.teacup.com/himajin0198/ 心象儀館かわかっちゃんのささいな大遭難
全訳古事記
フォトアルバム
ビデオクリップ
画像が送れる掲示板
Kawakatu他のサイトへのリンク
Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人
Kawakatu’s世界史・日本史同時代年表
http://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/MYBLOG/yblog.html/かわかつの眼
古代史用語辞典民族学伝承ひろいあげ辞典
歴史民俗学専科 復活版!かわかつワールド
http://red.ap.teacup.com/himajin0198/ 心象儀館かわかっちゃんのささいな大遭難
全訳古事記
フォトアルバム
ビデオクリップ
画像が送れる掲示板
コメント