■近江の君
滋賀県の山奥生まれだが、その出自は内大臣・頭中将(とうのちゅうじょう)の娘という設定。
教養なし、礼儀知らずのうえに、早口だったという。父は彼女をなんとか娘を出仕させたいと説得する。
「おまえもそろそろどこかのお屋敷に女官にあがったらどうだ?」
すると近江の君、応えていわく「あたくしはおまるの掃除だって、水汲みだってやっちゃうわ」

昔のトイレは「おおつぼ」と言って、移動式のおまる状のものである。平安時代のやんごとない人々の用足しはこの「おおつぼ」を持ってきて、ぐるりをキチョウで囲い、そこで済ました。無防備である。しかし18世紀のフランスの貴族は、なんともまいった話だがぞろっとしたポンパドールドレスでしゃがみこんで「野グソ」だったのだから、それに比べれば10世紀の日本の貴族は随分進んでいるのだ。

おおつぼにいたすことを「箱す」と言った。
おまるは漆塗りの箱である。これやがて「ほかす」と変化。意味も「捨てる」という関西言葉になって今に続く。「ほかすとは おばばを捨てることかいな」。
ばば=大便

とにもかくにも、やんごとなき女性はそのようなはしたないことは口にするものではないので、大笑いの種になってしまう。

■浮舟
常陸の介の娘。
光源氏のきままな触手が東女に動く。
どんな荒くれか興味津々の源氏。障子の穴からそっと彼女の寝姿をうあかがうが、意に反して白く、ふkっくらとしてまろやかだと書かれている。それほど関東から来た女は野蛮に違いないと都人には思われていたのだろう。源氏、彼女の布団からはみ出した白くたおやかな腕を見るや、即座に寝間に飛び込み・・・。

以上、坂東の女たちのエピソードから見えるのは、東国はえびす、荒武者、あらくれ、蛮族の住むところという先入観が非常に行き渡っていることがわかる。ところが古代からあづまえびすはすでに関東にはすんでおらず、開拓者としての地方人が多く入り込んでいたのである。しかしながら、開拓民としての彼らには、やはり荒くれの根性が必要だった。そういう部分が平将門の反乱へと繋がる部分だったのかも知れない。都の人から見れば、東ビトは相変わらず得体の知れぬ鬼のような、夜叉のような住人だった。


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