実力者クラスの装飾古墳に描かれた双脚輪状文について、模様の由来はいまだ明確ではない。
そこで仮説を立てておきたい。
王塚古墳双脚輪状文
放射状絵柄の中に八葉と鈕があるのがわかるだろうか?これは伊勢の八咫鏡の条件なのである。
そこで仮説を立てておきたい。
王塚古墳双脚輪状文
放射状絵柄の中に八葉と鈕があるのがわかるだろうか?これは伊勢の八咫鏡の条件なのである。
まずこの模様のイメージは内行花紋鏡の太陽のような放射状の絵柄があって、中に目のような同心円文を持ったものに、下に蕨手(わらびて)のような草葉文を供えている。見た目、勲章のようでもあり、太陽、まよけ、あるいは鏡ではないかといわれている。
また、足のような蕨手文は草葉文鏡に如実に描かれている。
この草葉文鏡の蕨手文は唐草文あるいは西欧でもよく見られる神樹・ロータスあるいはパルメット模様を起源とする幾何学模様の一部であると思われる。
この草葉文鏡の蕨手文は唐草文あるいは西欧でもよく見られる神樹・ロータスあるいはパルメット模様を起源とする幾何学模様の一部であると思われる。
草葉文自体が、その起源を唐草起源と同じところに求めることができよう。
草木の生命力は神樹思想・高木思想に反映された。蕨手文も唐草文もパルメットも、多くが渦巻いた唐草状に描かれ、その渦巻きこそが「永遠の生命」を象徴した。
古代の鏡や金印にわざわざ紫綬(リボン)がそえられるのは、もともと「再生」「永遠」を表す権威だったろう。そこにはたとえば今のストラップやキーホルダーや財布の紐のような利便性だけでつけられたとは言えない。もちろん鏡は木にかけたり、首にかけるものでもあるが、それだけでは紫綬リボンは弱すぎる。
双脚輪状文は、日本の古墳の壁画を実際に描いた人々が、大陸の実物を見てきて、絵柄として採用した。
これは中国から下賜されていた鏡という神宝を、壁画として被葬者に描いてあげた、死者への威信財の絵画化だと言って良かろう。現物の代わりだったのかも知れない。
つまりこれは内行花紋鏡というものの、中国においていかに権威があったかを語る装飾だと言える。
八咫鏡が内行花紋鏡をベースにしているということにも、よい類例になるだろう。
もちろん卑弥呼の鏡にも言えることである。
なぜなら北朝は道教的神獣鏡よりも幾何学的でシンプルで客観的絵柄を好んだからである。
八咫鏡が内行花紋鏡をベースにしているということにも、よい類例になるだろう。
もちろん卑弥呼の鏡にも言えることである。
なぜなら北朝は道教的神獣鏡よりも幾何学的でシンプルで客観的絵柄を好んだからである。
九州の古墳作成者はこれらの鏡の持つ絵柄を組み合わせて双脚輪状文を作り出したと言える。南朝好みと北朝好みを組み合わせたということは、両朝と交流してきた古い王家だったからにほかならない。
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