◆磐之媛相関図
http://frypan.asablo.jp/blog/2010/12/15/5582978
系図を見て一目瞭然、磐之媛の子どもは倭五王の大王系譜そのものであることがわかる。
それはつまり葛城襲津彦(沙至比跪)の孫という意味でもある。
この意味から、応神・仁徳とは違う母方という大きな意味をまず読み取っておくべきだろう。
倭五王系譜には二度か三度の曲折があったと見ており、その最初が磐之媛の葛城血統がある。そのあとは福井からやってくる三尾氏の母と息長氏の父を持つ継体大王の系譜である。これらが二朝並立説の前提になっている。
http://frypan.asablo.jp/blog/2010/12/15/5582978
系図を見て一目瞭然、磐之媛の子どもは倭五王の大王系譜そのものであることがわかる。
それはつまり葛城襲津彦(沙至比跪)の孫という意味でもある。
この意味から、応神・仁徳とは違う母方という大きな意味をまず読み取っておくべきだろう。
倭五王系譜には二度か三度の曲折があったと見ており、その最初が磐之媛の葛城血統がある。そのあとは福井からやってくる三尾氏の母と息長氏の父を持つ継体大王の系譜である。これらが二朝並立説の前提になっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆韓人・奴理能美(ぬり・の・み)
「調連 百済国、努理使主後也。応神天皇御世、帰化。孫、阿久太男、彌和。次、賀夜。次、麻利。彌和、顕宗天皇御世、蚕織献?絹之様。仍賜調首姓。」
「河内国諸蕃に、「調日佐 同水海連 (百済国人、努理使主之後也)」
「東漢氏の一族の調忌寸とは別氏である。」
http://achikochitazusaete.web.fc2.com/manyoutorai/tukiobito/afumi.html
「調連 百済国、努理使主後也。応神天皇御世、帰化。孫、阿久太男、彌和。次、賀夜。次、麻利。彌和、顕宗天皇御世、蚕織献?絹之様。仍賜調首姓。」
「河内国諸蕃に、「調日佐 同水海連 (百済国人、努理使主之後也)」
「東漢氏の一族の調忌寸とは別氏である。」
http://achikochitazusaete.web.fc2.com/manyoutorai/tukiobito/afumi.html
『古事記』仁徳記で奴理能美、『新撰姓氏録』では百済人・努理(利)使主
調連日佐(つきの・むらじ・ひおさ)、水海連(あまの・むらじ)の祖。
調連日佐(つきの・むらじ・ひおさ)、水海連(あまの・むらじ)の祖。
「ぬりのみ」は「ぬりの・おみ」である。
「おみ」というのは名前であろう。
使主と書いて「おみ」という名を持つものはほかにも多い。
「ぬり」とはどういう氏姓かは知らぬが、仁徳の頃、山背の筒木(筒城)に住み、養蚕と絹織物で富豪となっている。先のかぐや姫記事に書いた磐之媛(石之比売)が仁徳の浮気で山背に逃避行し、ヌリノミの屋敷にかくまわれたという。
記事では筒城宮に入ったとあるが、おそらくのちの筒木宮域内にあったヌリノミの屋敷であろう。
「おみ」というのは名前であろう。
使主と書いて「おみ」という名を持つものはほかにも多い。
「ぬり」とはどういう氏姓かは知らぬが、仁徳の頃、山背の筒木(筒城)に住み、養蚕と絹織物で富豪となっている。先のかぐや姫記事に書いた磐之媛(石之比売)が仁徳の浮気で山背に逃避行し、ヌリノミの屋敷にかくまわれたという。
記事では筒城宮に入ったとあるが、おそらくのちの筒木宮域内にあったヌリノミの屋敷であろう。
◆同志社大学構内筒城宮(つつきのみや)跡
仁徳は、この山背の筒木に宮を作る継体より数代前の時代の人であるので、『古事記』のこの記事は時代が錯綜していることになる。筒城は筒木で、大筒木氏の宮=城郭?があったと言うことかもしれない。
おそらく木津川沿いの曲がり=ワンドに百済との交易品の港があっただろう。継体はあとでそこを宮にした可能性は高かろう。もっとも継体大王の宮とこの記事の宮が別の場所だった可能性もある。
仁徳は、この山背の筒木に宮を作る継体より数代前の時代の人であるので、『古事記』のこの記事は時代が錯綜していることになる。筒城は筒木で、大筒木氏の宮=城郭?があったと言うことかもしれない。
おそらく木津川沿いの曲がり=ワンドに百済との交易品の港があっただろう。継体はあとでそこを宮にした可能性は高かろう。もっとも継体大王の宮とこの記事の宮が別の場所だった可能性もある。
筒城宮跡地は今、京都府京田辺市の同志社大学正門を入ったところに碑が建っているけれど、実際にあった場所はキャンバスの奥の普賢寺(ふげんじ)のあるあたりであろうとされる。この寺は綴喜郡の郡寺だったと考えられ「筒木の大御堂」と記述がある。
現地住民サイトの画像と参考文 http://frypan.asablo.jp/blog/2010/12/15/5582978
現地住民サイトの画像と参考文 http://frypan.asablo.jp/blog/2010/12/15/5582978
筆者もこの八幡市から京田辺市(当時は田辺町)を経て奈良へ向う街道はよく使った。この周辺は百済ばかりでなく、高句麗からの渡来人も入っており「狛」地名もある。
◆葛城襲津彦とヌリノミの関係
筆者は磐之媛が葛城襲津彦の娘であることから、ヌリノミが磐之媛の乳部だったかもしれないと思っている。葛城襲津彦自身は半島の百済・伽耶(かや)国と非常に深く関わり、秦人を連れ帰ってきた人物で、やがて日本府記事の任那経営をするほどの人だったと考えている。そもそも葛城氏は倭五王時代以前は吉備王と奈良盆地南部を牛耳っていた王であったかと思う。
葛城まで戻ると、もう大阪山(二上山)を越えれば大阪府羽曳野丘陵である。この竹の内街道をなぜ磐之媛が使わなかったのかは、最初から葛城では仁徳の難波の高津宮から近すぎるゆえに、父・襲津彦があえて離れたヌリノミの屋敷を指定した可能性もある。
筆者は磐之媛が葛城襲津彦の娘であることから、ヌリノミが磐之媛の乳部だったかもしれないと思っている。葛城襲津彦自身は半島の百済・伽耶(かや)国と非常に深く関わり、秦人を連れ帰ってきた人物で、やがて日本府記事の任那経営をするほどの人だったと考えている。そもそも葛城氏は倭五王時代以前は吉備王と奈良盆地南部を牛耳っていた王であったかと思う。
葛城まで戻ると、もう大阪山(二上山)を越えれば大阪府羽曳野丘陵である。この竹の内街道をなぜ磐之媛が使わなかったのかは、最初から葛城では仁徳の難波の高津宮から近すぎるゆえに、父・襲津彦があえて離れたヌリノミの屋敷を指定した可能性もある。
◆ズバリ磐之媛はかぐや姫か?
非常に可能性が高いだろう。
非常に可能性が高いだろう。
『竹取物語』のかぐや姫の性格は
① 月から来た
② 竹の中から生まれた
③ 竹取翁が養父となった
④ 幾多の言い寄る男性の思いを頑として受けつけない
⑤ 男性人に無理難題を押し付ける
⑥ 短期間で月に帰ってゆく。そのとき従者は「つきの士」である。
⑦ 月から来たのにはるかな東国の富士山や南国の宝貝を知っている
である。
① 月から来た
② 竹の中から生まれた
③ 竹取翁が養父となった
④ 幾多の言い寄る男性の思いを頑として受けつけない
⑤ 男性人に無理難題を押し付ける
⑥ 短期間で月に帰ってゆく。そのとき従者は「つきの士」である。
⑦ 月から来たのにはるかな東国の富士山や南国の宝貝を知っている
である。
対して磐之姫は
① 葛城氏出身で初めての皇統以外の皇后である。
② 調(つき)連を出す百済人・ヌリノミ一族が養父・後見人となったかもしれず、やがてヌリノミの家に匿われる
③ 竹が名産地の綴喜郡と深く関わる
④ 夫の女好き・多妻を頑として受け入れない
⑤ 葛城氏の古墳には巨大な楯埴輪が立っているが、そこに吉備や九州起源の直孤文が描かれている。葛城氏と九州、隼人、久米、安曇らとの関係。葛城氏も貿易と外交の氏族。
⑥ 筒木に入って6年ばかりで悲しみの内に死ぬ。
⑦ 磐之媛の名前自体がどことなく大山積の長女・磐長媛を思い起こさせる。
① 葛城氏出身で初めての皇統以外の皇后である。
② 調(つき)連を出す百済人・ヌリノミ一族が養父・後見人となったかもしれず、やがてヌリノミの家に匿われる
③ 竹が名産地の綴喜郡と深く関わる
④ 夫の女好き・多妻を頑として受け入れない
⑤ 葛城氏の古墳には巨大な楯埴輪が立っているが、そこに吉備や九州起源の直孤文が描かれている。葛城氏と九州、隼人、久米、安曇らとの関係。葛城氏も貿易と外交の氏族。
⑥ 筒木に入って6年ばかりで悲しみの内に死ぬ。
⑦ 磐之媛の名前自体がどことなく大山積の長女・磐長媛を思い起こさせる。
このような類似点があるが、ほかの登場人物であるふられ役の五人が実在の人物がモデルとしていて、彼等の時代から媛だけがかけ離れた時代の人になってしまう。
また大筒木氏の実在の媛であろう「伽具夜比売」の存在は、彼女がモデルである可能性を匂わせている。これも課題である。
また大筒木氏の実在の媛であろう「伽具夜比売」の存在は、彼女がモデルである可能性を匂わせている。これも課題である。
◆かぐや姫藤原宮子説
文武の妃で聖武の母、平民ゆえ一度藤原不比等の養女となり天皇に嫁ぐ。紀州海人族の出身(母は熊野の?賀茂氏つまり出雲がルーツの葛城氏と関係。紀国造の紀氏とも)とも言われるが、この女性は和歌山出身である。この段階でかぐや姫のストーリーとは程遠く、しかも70数歳まで長生きしており、彼女の秘話はおそらく同じ海人由来譚である松浦作用比売や同類の髪長媛の題材として使われているようだから、それはないだろう。まして彼女は藤原不比等の妻でもあり、竹もまったく出てこないので、モデル説はないと言える。
文武の妃で聖武の母、平民ゆえ一度藤原不比等の養女となり天皇に嫁ぐ。紀州海人族の出身(母は熊野の?賀茂氏つまり出雲がルーツの葛城氏と関係。紀国造の紀氏とも)とも言われるが、この女性は和歌山出身である。この段階でかぐや姫のストーリーとは程遠く、しかも70数歳まで長生きしており、彼女の秘話はおそらく同じ海人由来譚である松浦作用比売や同類の髪長媛の題材として使われているようだから、それはないだろう。まして彼女は藤原不比等の妻でもあり、竹もまったく出てこないので、モデル説はないと言える。
◆大筒木迦具夜媛は?
名前だけが使われたと見る。
彼女にはこれといったエピソードは記紀に見当たらない。
ただ物語の場所としての大筒木と大隈隼人の持ち込む竹は間違いなくモデルになっている。
むしろ磐之媛に関わる衣通郎女(そとおしの・いらつめ)は衣通媛命(そとおし・ひめのみこと)のモデルであろう。
名前だけが使われたと見る。
彼女にはこれといったエピソードは記紀に見当たらない。
ただ物語の場所としての大筒木と大隈隼人の持ち込む竹は間違いなくモデルになっている。
むしろ磐之媛に関わる衣通郎女(そとおしの・いらつめ)は衣通媛命(そとおし・ひめのみこと)のモデルであろう。
◆旧ヤマト王朝葛城氏の怨恨か?
五人の男性登場人物はそれぞれ
五人の男性登場人物はそれぞれ
・大納言大伴御行
・右大臣阿倍みむらじ
・中納言石上まろたり
・石作皇子
・車持皇子
それに相当する実在の人物
・多治比嶋(左大臣)
・藤原不比等(右大臣 ※死後、太政大臣を追贈)
・阿部御主人(右大臣)
・大伴御行(大納言)
・石上麻呂(左大臣)
いずれも持統天皇時代まで朝廷の中枢を担う「新ヤマト王朝」の主流派である。しかし葛城氏と同じ紀ノ川沿線氏族で名族である紀氏、吉備氏、息長氏、和迩氏などの名前はない。
・右大臣阿倍みむらじ
・中納言石上まろたり
・石作皇子
・車持皇子
それに相当する実在の人物
・多治比嶋(左大臣)
・藤原不比等(右大臣 ※死後、太政大臣を追贈)
・阿部御主人(右大臣)
・大伴御行(大納言)
・石上麻呂(左大臣)
いずれも持統天皇時代まで朝廷の中枢を担う「新ヤマト王朝」の主流派である。しかし葛城氏と同じ紀ノ川沿線氏族で名族である紀氏、吉備氏、息長氏、和迩氏などの名前はない。
かつての王家とだったといえる葛城王朝の怨恨が『竹取物語』のバックボーンには存在する。
葛城王朝は吉備とヤマト南部と出雲の系譜である。
関わるのは渡来系海人族の祖・武内宿禰である。
同族は紀氏・平群氏など。馬見古墳群を再調査すべきだろう。
関わるのは渡来系海人族の祖・武内宿禰である。
同族は紀氏・平群氏など。馬見古墳群を再調査すべきだろう。
・・・・・・・・・・・・・・
以上、最もかぐや姫に近いモデルとして磐之媛を第一候補としてよいと考える。
ちなみに今年2011年の中秋の名月は9月12日(月)である。
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0710.htm
2000 09/12 火曜 09/14 +2
2001 10/01 月曜 10/02 +1
2002 09/21 土曜 09/21 0
2003 09/11 木曜 09/11 0
2004 09/28 火曜 09/28 0
2005 09/18 日曜 09/18 0
2006 10/06 金曜 10/07 +1
2007 09/25 火曜 09/27 +2
2008 09/14 日曜 09/15 +1
2009 10/03 土曜 10/04 +1
2010 09/22 水曜 09/23 +1
2011 09/12 月曜 09/12 0
2012 09/30 日曜 09/30 0
2013 09/19 木曜 09/19 0
2014 09/08 月曜 09/09 +1
右端の数値は満月近似値。今年は完全望月であるそうな。
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0710.htm
2000 09/12 火曜 09/14 +2
2001 10/01 月曜 10/02 +1
2002 09/21 土曜 09/21 0
2003 09/11 木曜 09/11 0
2004 09/28 火曜 09/28 0
2005 09/18 日曜 09/18 0
2006 10/06 金曜 10/07 +1
2007 09/25 火曜 09/27 +2
2008 09/14 日曜 09/15 +1
2009 10/03 土曜 10/04 +1
2010 09/22 水曜 09/23 +1
2011 09/12 月曜 09/12 0
2012 09/30 日曜 09/30 0
2013 09/19 木曜 09/19 0
2014 09/08 月曜 09/09 +1
右端の数値は満月近似値。今年は完全望月であるそうな。
Kawakatuの他の竹取分析
かぐや姫と富士山と隼人とコノハナサクヤ姫 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/yblog.html
かぐや姫 隼人 中国 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/52913329.html
石作部と竹取物語と古墳と海人族 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/47908632.html
木地師とぬり部その3 竹取とうつぼ、ウツギ http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53477560.html
『竹取物語』作者は誰かで古代史を語る http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/541.html
かぐや姫と富士山と隼人とコノハナサクヤ姫 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/yblog.html
かぐや姫 隼人 中国 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/52913329.html
石作部と竹取物語と古墳と海人族 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/47908632.html
木地師とぬり部その3 竹取とうつぼ、ウツギ http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53477560.html
『竹取物語』作者は誰かで古代史を語る http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/541.html
ランキングクリックにご協力ください!!m_ _m↓
If you feel this article if interesting, please make a ranking click. I ask!↓ ↓ ↓
With2ブログランキングへ
↑ お一人様一日一回押すとランクがひとつ上がります ↑
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人
復活版!かわかつワールド
かわかつの眼
全訳古事記
民族学伝承ひろいあげ辞典
Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人
復活版!かわかつワールド
かわかつの眼
全訳古事記
民族学伝承ひろいあげ辞典


コメント
コメント一覧 (5)
塗りは「漆」。
つまり渡来系職能民の竹細工師だな。
これは襲津彦が連れ帰った秦の民のひとりだろう。
kawakatu
が
しました
面白いです。
kawakatu
が
しました
kawakatu
が
しました
いずれにせよ儒教影響下の古代国家の技術者は全部奴婢。科学者も医者も。
kawakatu
が
しました
kawakatu
が
しました