科学といえば西欧の自然科学であるとこれまでほとんど疑いもなくわれわれは考えてきた。
しかし西欧のルネッサンス以降の自然科学理念は、実は中国やイスラム世界の影響から始まっている。
中国に日本の「つくも神」のような器物霊が信じられていたかどうかを知るために、大陸の東西をよく見ておかねばならない。
しかし西欧のルネッサンス以降の自然科学理念は、実は中国やイスラム世界の影響から始まっている。
中国に日本の「つくも神」のような器物霊が信じられていたかどうかを知るために、大陸の東西をよく見ておかねばならない。
ちょっと長くて小難しい引用である。
「いままで科学史と申しますと、西欧科学史という意味に解され、その典型的なヒストリオグラフィーはギリシァ・ローマの古典古代からラテン中世に入り、そして近代西欧科学の誕生に至るという系譜が問題にされていたと思うのです。ニーダム先生やその他の方がたが中国の科学についてのエポック・メーキング的な著作を出される前は、やはりそういう傾向が主軸となっていて、他の文明圏における科学的な仕事、たとえば中国、インド、アラビアなどは不当に無視されるか、あるいは近代科学の本流に対する傍流として付帯的に取り扱われていました。そういう西欧中心主義が科学史の中にあった。
「いままで科学史と申しますと、西欧科学史という意味に解され、その典型的なヒストリオグラフィーはギリシァ・ローマの古典古代からラテン中世に入り、そして近代西欧科学の誕生に至るという系譜が問題にされていたと思うのです。ニーダム先生やその他の方がたが中国の科学についてのエポック・メーキング的な著作を出される前は、やはりそういう傾向が主軸となっていて、他の文明圏における科学的な仕事、たとえば中国、インド、アラビアなどは不当に無視されるか、あるいは近代科学の本流に対する傍流として付帯的に取り扱われていました。そういう西欧中心主義が科学史の中にあった。
これは理由のないことではないのであって、十七世紀における「科学革命」はそれ以外の文明圏が見い出し得なかった根本的な新しい世界観・知的態度をつくり出した。そして、いわゆる近代の科学技術文明を可能にし、近代化の中核をつくったと言えます。
このことから、西欧科学だけが科学であって、ほかの科学の伝統は無視されたと思うのですが、今日から見ると、こういう近代主義的な態度は考え直さなければならない。その幾つかの理由を挙げたいと思います。まず第一には、科学革命以前の古代、中世の地球のさまざまな文明圏においても、料学技術の長いすぐれた伝統があったことです。これはニーダム先生が中国について非常に詳しく明らかにされたと思います。その他インド、イスラムにもすぐれた伝統があって、同時代の西欧に比べるならば、はるかにそれを凌駕するような知的な高さあるいは多様さ示していたと思います。
たとえば、十二世紀ではアラビアの影響によるいろいろな知的財産をヨーロッパは受け取ったわけですし、ニーダム先生が指摘されたインドの原子論は、西欧のものとは違いますが、勝論派やあるいは仏教の説二切有部とかいうところで発展してきたわけです。
つまり、科学革命以前における古代、中世を貫く人類の科学的遺産を巨視的に見るならば、近代科学だけに焦点を合わせる見方は非常に近視眼的だと言わざるを得ないと思うのです。
西欧中心主義を乗り越えなければならない第二の理由は、いわゆる科学革命がヨーロッパに起こつたのはヨーロッパだけの力ではなかったという事実です。西欧科学は西欧の内部からだけでなしに、もつと広い地中海文明とも言うべき知識のるつぼの中から出てきたわけであって、その中にはイスラムの影響も非常に大きいことはもちろん、中国の影響もいろいろ明らかになってきているわけです。ここにはミッシング・リングがまだたくさんありますが、今後こういうことがどんどん明らかになっていけば、科学革命そのものの成立も西欧的伝統の中に独占することはできない。もっと広く科学技術史の交流を考えなければならないだろうと思うのです。
第三番目には、いまや西欧科学のあり方-これは最近の三百年ぐらい非常に優越した仕方で人類の知的遺産として大きな貢献をしましたが-その科学的志向が果たして唯二絶対なものかどうか。つまり、西欧が生んだといわれる近代科学そのものをもつと総体的に見直さなければならない。いまの現代科学にはいろいろな危険性、限界があります。たとえば公害を生み出したり、資源を枯渇に導いたりなどです。
ここで科学的志向というものを、西欧科学のあり方も二つのやり方だが、それ以外に中国的な科学の志向、あるいはイスラム的な科学の志向、それらがどういうものであったのかを「価値自由」に比較・検討する。そして現代科学のあり方を反省に導くためにももつと科学の概念を広くとって、単なるヨーロッパの科学史だけではなく本当の意味での世界の科学史、人類の科学史に進めていく状況にあるのではないかと思うのです。」
http://www.mec.gr.jp/NIRA/nira2.html
西欧中心主義を乗り越えなければならない第二の理由は、いわゆる科学革命がヨーロッパに起こつたのはヨーロッパだけの力ではなかったという事実です。西欧科学は西欧の内部からだけでなしに、もつと広い地中海文明とも言うべき知識のるつぼの中から出てきたわけであって、その中にはイスラムの影響も非常に大きいことはもちろん、中国の影響もいろいろ明らかになってきているわけです。ここにはミッシング・リングがまだたくさんありますが、今後こういうことがどんどん明らかになっていけば、科学革命そのものの成立も西欧的伝統の中に独占することはできない。もっと広く科学技術史の交流を考えなければならないだろうと思うのです。
ここで科学的志向というものを、西欧科学のあり方も二つのやり方だが、それ以外に中国的な科学の志向、あるいはイスラム的な科学の志向、それらがどういうものであったのかを「価値自由」に比較・検討する。そして現代科学のあり方を反省に導くためにももつと科学の概念を広くとって、単なるヨーロッパの科学史だけではなく本当の意味での世界の科学史、人類の科学史に進めていく状況にあるのではないかと思うのです。」
http://www.mec.gr.jp/NIRA/nira2.html
科学でも中国の科学は社会科学的であり、西洋の自然科学のように、具体的な生物、自然現象の、細胞分析のようなインナートリップよりも、理念的、哲学的、心理的なインナートリップに集中していて、つまり中国はインドの影響を多大に受けた分、極めて文化系的に内面を追求するのである。
これはアジア的な内面探査で、西洋に先んじている。
これはアジア的な内面探査で、西洋に先んじている。
◆西欧のキマイラ
器物霊でいうなら、西洋の怪異創作物は動物や人に器物が合体することで怪物となる。それはフランドル派の絵画に顕著で、今では日本のゲームやアニメの登場キャラクターに使われていたりする。
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9&hl=ja&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&rlz=1I7GGHP_ja&prmd=ivns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=gX9HTvXcMorvmAWNiPDmBg&ved=0CDIQsAQ&biw=864&bih=558
器物霊でいうなら、西洋の怪異創作物は動物や人に器物が合体することで怪物となる。それはフランドル派の絵画に顕著で、今では日本のゲームやアニメの登場キャラクターに使われていたりする。
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9&hl=ja&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&rlz=1I7GGHP_ja&prmd=ivns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=gX9HTvXcMorvmAWNiPDmBg&ved=0CDIQsAQ&biw=864&bih=558
つまり接合した奇形の生物が西欧のつくも神なのであって、それは東アジア的なつくも神とは次元を異にしている。
◆中国の志異・志怪
中国の神仙思想や陰陽の影響を日本の妖怪変化が強く受けていることは間違いなく、それは『山海経』や『捜神記』に登場する妖怪変化が似ていることでわかる。平安時代前後に古代人が買いあさってきた中国の書物の中に、それらはあふれていた。また平安以降に仕入れた書物も同じである。中央の「中国文献」から知ったそれらの知識は、文章が具体的で、挿絵さえついていたために、それ以前の日本の民間が作り出していた妖怪よりも脚色としては幅が狭いと言えるだろう。
中国の神仙思想や陰陽の影響を日本の妖怪変化が強く受けていることは間違いなく、それは『山海経』や『捜神記』に登場する妖怪変化が似ていることでわかる。平安時代前後に古代人が買いあさってきた中国の書物の中に、それらはあふれていた。また平安以降に仕入れた書物も同じである。中央の「中国文献」から知ったそれらの知識は、文章が具体的で、挿絵さえついていたために、それ以前の日本の民間が作り出していた妖怪よりも脚色としては幅が狭いと言えるだろう。
「付喪神のような器物の妖怪変化は、中国にはいないだろうと思っていたところ、『白沢図(はくたくず)』という佚書(いっしょ・見逃した本)に「厠の精」やら「故宅の精」などのことが見える。(中略)
器物の妖怪といっても、中国のものは家屋に限られていて、これはやはり日本の付喪神には及ばない」
中野美代子(『中国の妖怪』)
器物の妖怪といっても、中国のものは家屋に限られていて、これはやはり日本の付喪神には及ばない」
中野美代子(『中国の妖怪』)
中国の「志怪」はどうやら器物とはいっても家の部位だけが化けて出るらしい。
中国は社会科学として充分に理論的で叙事的・客観的・散文的思考をする。しかし日本では叙事や散文よりも随分情緒的・主観的・韻文的に物事をとらまえる傾向が強く、その意味で世界的に珍奇な思考をする。
これが妖怪表現にも同じことが言えそうだ。
なんでも理屈をこねたがる中国人が作り出す妖怪変化は、あまり奇想天外にはならず、どこかに現物のイメージが残っている。日本で、江戸時代などに人魚や鬼のミイラが作られたりしたが、ああいうイメージである。それでも西欧のように単純にあちこちのパーツを組み合わせてしまうよりは、若干情緒的である。「あり物」のつぎはぎと、最初から空想のオリジナルの違いほどの相違である。つまりオリジナリティという点、あるいはデフォルメする想像力・創造力という点で、日本人は世界一である。中国はコピーの物真似であるか。まさに現代中国はそうである。
これが妖怪表現にも同じことが言えそうだ。
なんでも理屈をこねたがる中国人が作り出す妖怪変化は、あまり奇想天外にはならず、どこかに現物のイメージが残っている。日本で、江戸時代などに人魚や鬼のミイラが作られたりしたが、ああいうイメージである。それでも西欧のように単純にあちこちのパーツを組み合わせてしまうよりは、若干情緒的である。「あり物」のつぎはぎと、最初から空想のオリジナルの違いほどの相違である。つまりオリジナリティという点、あるいはデフォルメする想像力・創造力という点で、日本人は世界一である。中国はコピーの物真似であるか。まさに現代中国はそうである。
物真似とコピーは違う。
その差は加工力、応用力の違いでもある。
その差は加工力、応用力の違いでもある。
◆精怪
これは中国の『太平広記』があげている項目。
ここに器物の化け物に関する話が集められている。
一方、中国の書物から学んだ『今昔物語集』ではこれを「物の精」としている。
「精」という中国語と「モノ」という日本語を組み合わせてある。
そしてこの「精」とはインドでいう祇園精舎などの聖なる家屋であるから、そもそも中国にとっても外来語だろう。西欧で言うスピリットであり、妖精の「精」に似ている。
ここの違いである。
取り込んで、すぐに日本語と組み合わせてしまうのが日本人だろう。
これは中国の『太平広記』があげている項目。
ここに器物の化け物に関する話が集められている。
一方、中国の書物から学んだ『今昔物語集』ではこれを「物の精」としている。
「精」という中国語と「モノ」という日本語を組み合わせてある。
そしてこの「精」とはインドでいう祇園精舎などの聖なる家屋であるから、そもそも中国にとっても外来語だろう。西欧で言うスピリットであり、妖精の「精」に似ている。
ここの違いである。
取り込んで、すぐに日本語と組み合わせてしまうのが日本人だろう。
中国のこの書物ではとにかくいきなり「なぜ精怪は現れるのか」のくどくどしい説明が始まってしまう。役にも立たない理屈をこねるのが大好きな国民性である。理論が大好きなのだが、肝心の取り扱い説明には行かないのが中国である。だから汽車も線路から逸脱する。
なぜ存在するかにはうるさいが、どうやったら動くのかなどにはとんと無頓着なのだ。
古代からそうである。
なぜ存在するかにはうるさいが、どうやったら動くのかなどにはとんと無頓着なのだ。
古代からそうである。
日本の狂言から消えてしまった「山姥」が、やはり山姥の解説に終止したことを思い出す。日本人にはその解説や理屈が好まれず、情緒的な理不尽な怪異の方が好まれた。つまり日本人は主観的である。
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