観光だろうが仕事でだろうが、目的地に行くときは遠回りしてみたり、路地裏に迷い込んだり、未知の土地にわけいってみたり、つまり「寄り道」こそが楽しいのは、フィールドワークの鉄則である。

 
 
 
 
涼を求めて久住山へ向うが、思うところあっていつもとは別の道で竹田市久住(くじゅう)町へ遠回りしてみた。
竹田市から道の駅をへて真っ直ぐに花公園・久住山へ。
目の前に雲をたたえる久住連山がどっしりと。先週通過したときに町内に祭り提灯のかざりつけがあることは見知っている。それは久住町第一の神社・久住神社の祭りであろうとは想像していた。しかしその期日まで調べてきたわけではなく、なんとなく通りかかったのである。
 
町を過ぎて国道バイパスを進むと道の駅があって、そこからさきはもう町外れ。以前、バス停探査して「十一」地名などを調べたあたり。少し先に城原(きばる)神社があるあたりで、意外にも道を行く祭りの順行につきあたった。

 
十一バス停
これが絵文字で、「片目」を表していることはもう6年ほど前にHPに書いた。
 
 
 
 
誘導に従い、横をゆるりと通り過ぎながら、山車をひくじいさまにこれはどこのお祭りかと聞けば、すぐのこの建宮久住神社だと答え、「乗っていくか?」と冗談を言う。面白そうなのでわき道に車を置いて、神社境内へあがってみた。
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久住町というと川端康成が泊まったこと、銘酒千羽鶴のこと程度しか知識はない。
ひとしきり祭りを見物し、神社のはすかいにある猪鹿狼寺(いから・じ)で話を聞くことにした。地元の話は坊主に聞けというのも鉄則である。祭りの当事者である氏子たちは意外に自分達の町の歴史も神社史も何も知らない場合が多い。郷土史家の話は長い。むしろ住職あたりの知識人に聞くほうが客観的情報は得やすい。これは経験から。
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猪鹿狼寺は天台宗の密教寺院。竹田藩の中川公以前から別の場所にあった別の寺が廃仏毀釈で焼かれたものを、猪鹿狼寺を習合して今はここに置いている。まさに修験と動物霊鎮守の寺である。本尊は十一面観音である。つまりここも修験と職能民鎮守の寺だといえるだろう。十一地名も観音に関連するが、鉱物職能民たちの職能に用いる「手」「道具」に深く関わる。
 
老師のお話では、なんでも久住神社は名の通り、もともと明治まで、久住山の頂上にあった祠と石像を、降ろしてきて建てたのがここの建宮神社と猪鹿狼寺で、頂上が本宮、ここが中宮、そして久住町内にある大きいのが下宮(遥拝宮)という位置関係になる。つまり久住神社は三ヶ所にある。これは全国一般的な神社配置である。
夏越祭りは町内をすべて順行するが、中心部の久住神社から出て、途中でこの建宮に立ち寄り、舞いを奉納する。ちょうどそこに通り合わせたことになる。
 
祭神は五瀬命と健男下凝命(たけお・しもこりの・みこと)。
神武さんの兄で、『日本書紀』では神武とともに東征し、熊野で戦死する。
つまり高千穂信仰=山岳密教とつながる。
五瀬命の出身地は日向の高千穂峰山麓あたりである。周辺に「五」のつく地名が多い。
下凝命とは同体と見てよいだろう。山の鉱物・鍛冶神である。
日向の高鍋は「鷹の目」が語源で、イツセも鷹を扱う一族のドンだったようで、事実鷹匠は久住町にも存在し、ダイダイ、大友氏や中川公の巻き狩りに付き添っていたと考える。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
蒸し暑い、今年一番の猛暑だったが、おかげで好日となった。
久住山と、盆前の忙しい時期に話におつきあいいただいたご住職に深く敬意を表したい。
感謝と合掌
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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