カテゴリ:記紀異説・神話分析 > 磐井の乱と継体大王

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この問題は以前、朴天秀や福永伸哉の研究を基盤にして、ざっと記事にしている。その被葬者が紀氏、巨勢氏、竺紫(ちくし)物部氏らのものであるという考察も書いておいた。ただし、それはあくまでも記紀記述を整合とする近畿考古学の立場から割り出された結論でもあるので ...

九州独自の阿蘇石製横口式家型石棺は、この時代に西日本各地に採用される。これは筑紫連合と遠隔地有力豪族との親しい交渉を意味する。筑肥の様式の古くは組合せ式の石床・石障や石棚、石屋形を持った形式、新しくはくりぬき式の石棺、そしてなによりも横穴式石室の伝播 ...

今回から6世紀日本の画期となった大事件・筑紫君磐井の乱を考古学から徹底研究してみたい。磐井の乱は、6世紀まで存続したであろう北部九州地縁的連合体を、畿内王家とされている連合体が、朝鮮半島の支配権をめぐって国内で対立した大事件であり、磐井の敗北によって ...

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