民族学伝承ひろいあげ辞典

文献・科学・考古学・遺伝子学・環境学・言語学・人類学・民俗学・民族学 あらゆるヒントを総合し、最新用語を解説、独自に解釈してわかりやすく説明します。 誰も書かない、目から鱗、鼻から牛乳、目から火花、頭の先からぴかっと電球

カテゴリ:異界研究 > 生贄・供儀・人柱・人身御供

有名な今昔物語の生贄を猟師がやめさせた逸話「美作の国の神 猟師に依りて生け贄を止めさせたはなし」簡略にする。「今は昔、美作の国に中参(美作国一の宮・中山社)・高野(美作国式内社・高野社)という聖地があって、毎年生娘を「養い肥やして」神に差し出していたが、 ...

ハフリとは祝。語源は「羽振り」。カンナギが祓いを行う様。すなわち「はフル」とは神霊を祭る行為。(喜田貞吉)行う者を「祝」と言う。横なまって「ほうり」。転じて「ほふる」すなわち「屠る」。贄を屠ることを生業にする神職。放り投げるの「放る」もここからか?西郷信 ...

「水田耕作が順調にすすめられるようになると、堰を作る大土木工事がなされる。その折りに人柱が立てられた」「人柱には、神の託宣を聞いた子連れの女性が選ばれる」「この点と関連して、もう一つ見落としてならないのは、人身御供にみる祓浄(ふつじょう)の要素である。つ ...

ひとばしら・ほこら人柱とは言うまでもなく「犠牲」である。人身御供とは厳密には違う概念だが、災害や神の祟りから土地などを守るための究極の秘技という点では同じ。画像は大分県の漁師町・日出町、暘谷城真下の海岸にある。人柱や生け贄を野蛮だと思ってはならない。当時 ...

不特定な(奈良県吉野郡か?)旧石井村という場所に渡内橋(わたうち・ばし)という橋がある。かつて橋を強くするために人柱があった場所であるという。また近くに六地蔵の辻という昼なお人通りの少ない寂しい辻があり、ここいらへん一帯に「首切れ馬」がろうろするという伝 ...

「苗族のあいだに、こ臓節(こぞうせつ、「こ」は牛に古と書く)とよばれる牛殺しの祭りがつたえられている。(中略)費用がかさむために三年、五年、七年、九年、十一年、十三年などに一回挙行される。ところによっては三十年に一回という地方もある。一般には旧暦の九月下 ...

マレーシアでは稲作儀礼として動物供犠が非常に特徴的で、それは1941年に宇野円空の『マライシアに於ける稲米儀礼』で記述されている。これに対し、日本では『播磨国風土記』讃容郡の条に、「妹玉津日女命、生ける鹿を捕り臥せて、その腹を割きて、その血に稲種き(まき ...

兵庫県篠山市沢田・八幡神社・鱧切祭・・・人からハモへの変遷。宮崎県高千穂町・高千穂神社・猪掛祭・・・人からイノシシへの変遷。岡山県津山市一宮・中山神社・猿神退治譚・・・「さてそれより後(生け贄を食らっていた猿神を退治してのち)は、すべて、人を生贄にせずな ...

「おなり」は「お・なり」なりとは実がなること。中山太郎はおなり・うなりは同根で、農業の穀物神の「身代わり」であると書いている。それは穀物神・食物神は収穫されることによって「命を奪われる」のであるから、それに代わる生け贄を捧げることで神の怒りを鎮める意味が ...

人身御供=ひとみごくう 言い換えると建築史などでも言われる「人柱」。古墳の殉教なども範疇に。乙橘姫の海中身投げ行為も同じ。供犠=くぎ・きょうぎ  言い換えると「いけにえ」。当初世界的にそなえものは人間。その後獣、やがて獣肉、最終的には人型、人形、くぐつへ ...

↑このページのトップヘ