民族学伝承ひろいあげ辞典

文献・科学・考古学・遺伝子学・環境学・言語学・人類学・民俗学・民族学 あらゆるヒントを総合し、最新用語を解説、独自に解釈してわかりやすく説明します。 誰も書かない、目から鱗、鼻から牛乳、目から火花、頭の先からぴかっと電球

カテゴリ:考古学 > エジプト学

クレオパトラ7世 - アンサイクロペディア (uncyclopedia.info)解説は最下段に。・・・・・・・・・・・・・・アントニーとクレオパトラの墓は、「プトレマイオス朝エジプト最後のファラオ・クレオパトラ7世とその夫マルクス・アントニウスの墓である。墓の所在地は長らく不明 ...

「王家の谷」にある古代エジプト王ツタンカーメンの墓で行った調査の結果、壁の裏側に隠し部屋がある可能性が濃厚になったとの見方を示した。イメージ図http://matome.naver.jp/odai/2144877080263139101考古学者ニコラス・リーブスによる仮説「空洞は隠し部屋で、その中 ...

有志会員と友だちさまのみに公開します。牛と言えば日本では生贄にする動物である。しかし生贄儀式そのものは災害神へのささげもので機嫌をとる儀式で、牛は「あめうし」などと言われて黄色い牛だとされる。あめうしとは、のちに牛供儀の意味が雨乞いに変化してのことで ...

4坂・境・敷居 ピラミッドは山の形状だが、ある意味死の世界と現実世界を区切る「さかいめ」の装置でもあっただろう。「さかいめ」の「さか」は「坂」「堺」「界」「境」である。「かい」は世界・境界・他界の「かい」である。あちらとこちらを分かつもの、地点。家の ...

今日からしばらく、古代エジプト人と世界・日本のそれとを比較する。地形から見る古代エジプト人の境目意識1 川  オシリス神話では、ナイル河は境界である。近隣では例えば西アフリカの西部にあるシエラレオネ共和国のメンデ族も、死者の霊は河、あるいは山を越える ...

それはキリスト教やイスラム教の誕生がやはり同じような環境からであったことと似ている。森が作り出す豊かな資源や、豊饒の河川が枯渇し、世界から陰影が消えた時代にこそ一神教は生まれるのである。つまり世界環境が殺伐とすると、人々が感じていた森林の神秘性、日常 ...

エジプト ヒエラコンポリス第100号墓 彩色壁画ヒエラコンポリス Hierakonpolis エジプトのルクソールの南方 80kmのナイル川西岸にあった古代都市。現コムエルアハマル。ヒエラコンポリスはギリシア名で,古代エジプトではネケヘンと呼ばれた。先史時代から先王朝時代 ...

大城道則は『古代エジプト死者からの声』河出ブックス 2015の中で、エジプト人にとって彼岸は地中海ではなくナイル川だったと書いている。死者はナイルを渡ってやってくると考えられた。日本でならそれは海の彼方、ニライカナイ、補陀落渡海などと、多く海の向こう側に ...

ネックレスに鉄隕石ビーズ=古代エジプト遺跡で発掘-ロンドン大     1911年に古代エジプト遺跡から発掘されたネックレス。金やめのうなどのビーズのほか、腐食した鉄のビーズ(写真中央)が含まれていたが、材料は鉄隕石(いんせき)だったと英ロンドン大チーム ...

     「古代エジプトでは、その習性が太陽神ケプリと近似したものであることから同一視され、再生や復活の象徴である聖なる甲虫として崇拝され、スカラベをかたどった石や印章などが作られた。古代エジプトの人々は、スカラベはオスしか存在しない昆虫で、繁殖方法 ...

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