カテゴリ:考古学 > 阿蘇ピンク石と大王の石棺

淀川の摂津三島地区には筑紫津(つくしづ)があって筑紫津神社があるように、対面する枚方側には対馬津があって津島部神社があった。継体大王が樟葉宮を建てた枚方市町樟葉(まちくずは)に津島野地名が残っている。樟葉から八幡市を古くは津島野=対馬野と呼んでいたらしく ...

非常に重たいものを船で曳航した場合、非常に困る問題がある。淀川はいい。当時は水位も高く、大阪湾は今よりもずっと奥まで入り込んでおり、淀川で白肩(枚方)の津までは充分に往来が出来た。しかし枚方から先はかなり川が浅くなる。だから橋本あたりで一旦船から石を ...

過去の阿蘇ピンク石分析全部https://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/folder/1592602.html質問がきたので前の記事の追補として書いておく。●熊本の額田部臣と部の記録「寧楽遺文﹄中巻六一二頁︶ ..... 肥後 宇土. 大宅. 額田部君得万呂、及び戸口糠田部真島」豊後氏族 ...

熊本県装飾古墳館編『阿蘇の灰石』解説図録より面白いと思ったらクリックよろしく!↓ブログ村民俗学・民族学カテゴリーに登録しました。歴史カテゴリーは考古学・古代史に統一しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ...

 「二つの一覧表をこれを良く見ると、幾つかの疑問点が浮かび上がってきます。 まず第1は、中央で阿蘇ピンク石使われた例はほとんど全てが石棺材でありますが、肥後で使われた例は産地近くの古墳で石障材や玄門等石室の一部に使用されると言うことで、肥後と中央でで使用 ...

阿蘇ピンク石は『大王のひつぎ』か? 「8月20日、古田史学の会関西例会が行われました。今回も研究報告が目白押しで、来月回しになったものもありました。珍しく考古学関連の報告が三つもありましたが、中でも伊東義彰さん(本会会計監査・生駒市)の『「大王のひつぎ」 ...

かわかつHP A Magical Mystery Collection渡来と海人9万年前化噴火阿蘇山溶岩凝灰岩の使用古墳、石棺一覧へのリンクhttp://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/asogyoukaigansekkanitirann.html ...

読売新聞西部支社大王と海「大王のひつぎ実験航海」全記事へのリンク大王のひつぎ」実験航海 トップページ http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/daiou/大王航海シンポ「歴史に挑む」トップページ http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/daiou/sympo/da_sy_06051001.htm「 ...

倭五王から継体を経て欽明、欽明から天智を経て大和朝廷成立までのあらまし疑問1 河内王朝と継体摂津王家につながりはあるのか?疑問2 今城塚の三つの石棺の被葬者はどれが誰だったか?疑問3 その被葬者を学者は二人の妻だとするが、それでいいのか?二人の息子では? ...

動画公開 http://zoome.jp/hgnicolssutu/diary/5/高槻市の今城塚古墳整備事業の一環として、現在プロジェクトが進行中であるが、今城塚古墳の北側に、「今城塚史跡公園ミュージアム及び古代展示館」が建設中である。高槻市教育委員会は展示用レプリカとして、阿蘇ピンク石石 ...

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