カテゴリ: 記紀異説・神話分析

昭和51年(1976)、『古代日本正史』が刊行されると、全国古代史好事家たちが騒ぎ始めた。あの時代、原田常治が書き始めた異形の日本史は、全国神社伝承や祭神から記紀史観を見なおすということで、松本清張や江上波男なみのセンセーションを巻き起こしたのではなかったかと思 ...

クリックお願いしますにほんブログ村「故、是に於いて、天照大御神、見畏みて、天石屋戸を開きて、刺許母理 (此三字音訓み、さしこもり 古神注07014)坐しき。爾(ここ)に高天原、皆暗く、葦原中國、悉(ことごとく)闇(くら)し。此れに因りて常夜往く。」神代紀七段  ...

弥生時代の三世紀が温暖だったことは魏志倭人伝の「倭人ははだしで、簡易な衣類だ」という記事であきらかだ。縄文海進時代も急速に温暖化したが、一旦は下がり、三世紀前後はまた温暖化する。 するとなぜか倭国はのきなみ高地に集落ができ始める。理由は二つある。ひとつは ...

船木氏に関する目立った情報造船の名手伊勢では記紀崇神・垂仁朝に、倭姫(やまとひめ=伊勢斎宮)元伊勢巡行の舟を取り仕切った記録景行天皇は船木氏の多い近江に遷都し宮建設記事神功皇后紀にも登場し船を仕切る。多氏の祖・神八井耳命を祖とする。伊勢水銀採集に関わる。播 ...

sikanosimajinnja 前の記事にある「鹿の島の神」とは福岡県の志賀島神社のことになるが、それを筑後に勘定して高良大社がある。ここは武内宿禰を祭ってある。これすなわち中臣氏の祭るところ。なぜそうするかと言えば、『日本書紀』に藤原氏は筑紫国造磐井が継体大王によっ ...

前の記事でわかったことがそれ。 磯良舞「民間伝承では、阿曇磯良(磯武良)は豊玉毘売命の子とされており、「日子波限建」(ひこなぎさたけ)と冠されることのある鵜葺草葺不合命と同神であるとする説がある(磯と渚はどちらも海岸である)。また、『八幡宮御縁起』では、 ...

聖徳太子がイメージでしかないのなら、子孫などいるはずがない。とか、あなた、考えることありますか?『日本書紀』記述が、藤原氏摂政の正当化のために書かれているとするならば、当然蘇我氏を最悪に描き、蝦夷も入鹿も、最低に描いて当然。そもそも、一巳の変などあったの ...

坂越(さこし)の大辟(おおさけ)神社や、世阿弥「風姿花伝(花伝書)」には「河勝は祟る鬼」という伝承が記録されている。なぜ河勝は祟るのか?それは河勝が蘇我氏に組した闇の暗殺者で、歴史の闇である障礙神 (しょうぎじん=マハーカーラのごとき宿神=後戸の神=影のフィク ...

にほんブログ村来たからは押して帰れよ、押せばわかるさ ダ~~!! 「我が国の伝染病史は、縄文遺跡に現れた結核や寄生虫症に始まるが、有史以後は『日本書紀』の崇神天皇五年に全国. 各地で疫病の大流行があった記事がもっとも古い記録である。」日本医師学会 http://js ...

にほんブログ村隅田八幡画文帯神獣鏡と共通する模様半円方形帯の変遷中田興吉『「大王」の誕生』より奈良県平林古墳出土画文帯四仏四獣鏡隅田八幡伝世画文帯神獣鏡熊本県江田船山古墳出土画文帯神獣鏡京都府久津川車塚古墳出土画文帯神獣鏡長野県御猿堂古墳出土画文帯四仏四 ...

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