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阿蘇国造神社の鯰。Kawakatu撮影



漢書にある「東鯷人」という記事だが・・・。


鯷は中国ではなまずで、日本の方言ではイワシだとこのサイトが書いている。
東鯷人(とうていじん)って?(^^)/ - 刮目天(かつもくてん)の ブログだ! (goo.ne.jp)


で、筆者の過去記事も引用してあるが、そこには倭人がマダガスカルに行ったとなっているが、筆者はそんあことを書いた覚えがないのであしからず。マダガスカルがオーストロネシア語圏の西の端で、倭の絹と同じ天蚕を使った絹があると書いただけである。あしからず。あっちから来ることはあるだろうけどね。なにしろトリガーボートはあっちにはあっても、倭人にはないから。

で、そのなまずだが、呉国では鯰を喰うらしい。また台湾原住民も喰うし、特に食うのはインドシナ、ベトナムが一位、二位はアメリカである。

倭以外でなまずを喰う、会稽の東の人となると、台湾原住民高砂族か、ベトナム越南人か、あるいは南九州鹿児島、宮崎、沖縄というところか。飛んで埼玉はだんとつで鯰が名物である。


ちゃんと調べたので間違いない。


しかし食べたからそういう名前になったかどうかは???である。

いれずみの形かもだし、ステータスかも知れない。

ステータスとして鯰を祀ったのは阿蘇国造神社「東側」社殿下の鯰宮。
また祖神が鯰をふんづけるのは鹿島神社のタケミカヅチであり、どっちも地震封じの神。東にある。
地震神・名居神社・タケミカズチ・阿蘇の鯰社 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)
また三重県名張市式内社名居神社(ないじんじゃ)
「ない」も地震のことである。
「『日本書紀』の「推古天皇紀」に、推古天皇7年(599年)夏に大和地方を中心とする大地震があり、その後、諸国に「地震神」(なゐのかみ)を祀らせたとある。「なゐ」は地震のことであるので、これは神名ではなく「野の神」「海の神」のような神格を表したものである。神名や出自などは記されていない。後に鹿島神宮にある要石(かなめいし)が地震をおさえているとの伝承から、鹿島神宮の祭神であるタケミカヅチが地震を防ぐ神とされるようになったが、『記紀』にはタケミカヅチと地震を関連づけるような記述はない。また、地主神系の神や陰陽道系の神とする説もある。」

まずは狗奴国のことじゃないか。
呉と親しく、金メッキの豪華な神獣鏡をもらっている。
すると阿蘇国造が鯰を祀ったのは?狗奴国とお友達?あるいは狗奴国出身。


喰うと、祭るじゃえらい違いになるね。


面白かった。

漢も魏も長江河口部異民族をどうにかしたかったんだろう。わざわざ目の前に同盟国家を書いたりしている。東鯷人なんか空想じゃないの?

以上。これ以上追及無用。

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