根本から邪馬台国研究をぶち壊すことを書こう。
倭人伝が倭人には女王がいたと書くこと自体、当時の中華儒教思想から見れば、あきらかな蛮族差別になる。つまり魏志ははなっから倭人を見下していたことは間違いない。
東夷伝のすべて、諸蕃国家などのすべては中華にとって都合がよい位置にあって、呉や蜀などなどの他国の抑止に存在していれば西晋にとってはそれでよかったはずだ。
そんな不確定なものについて。いまだ確たる証拠もない今の時点で言及する記事などに、何の意味があろうか?筆者の態度は数年前からもう決まっている。不確定なものについて書けば、売れるだろう・・・ノストラダムスやオーパーツや霊的物語のように。それなら誰にでも作れる。テレビのなんだそれミステリーの関のおように、うそでかためてうまく描けば、ばかはとびつき、金になる。しかしゲームでしかない。
真実など記録の中にはひとつもない。記録は宣伝でしかない。つまり文献に真実はない。ヒトの記録から真実は見つからない。そこにあるのは政治に都合のいい脚本だけだ。
都合がいい解釈など石器の捏造に等しい、フィクションでしかなく、この考古学・歴史学部門にいるべき存在ではない。即刻消えるべき、移住すべき、異形の小説でしかない。
迷惑そのものである。
なんらの価値もない。
にほんブログ村
にほんブログ村
コメント
コメント一覧 (3)
古代史が好きでよく拝見させて頂いています。私は吉野ヶ里付近の生まれです。神埼町は、景行天皇が地名をつけたとされています。近隣の基肄も景行天皇由来です。九州はこういう場所が多いです。
邪馬台国の三十ヶ国を書き換え後の地名で探しても意味がありません。神埼の前の地名を探して5年になりますが全然分かりません。書き換え前の地名を探す良い方法をご存知ないでしょうか。
良かったらお知恵を貸してください。
kawakatu
がしました
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。