ウポポイ民族共生象徴空間営業開始




ウポポイは、アイヌ語で「(大勢で)歌う」こと。
東京オリンピック開催を契機に、日本政府の支援で北海道白老町に建設された国立アイヌ民族博物館である。国立民族共生公園、慰霊施設などからなるアイヌ文化復興・創造の拠点「民族共生象徴空間」の愛称。本日2020年7月12日開業した 。




アイヌ
「アイヌ(アイヌ語ラテン文字表記: Ainu / Aynu, ロシア語: Айны)は、もともと、北海道のみならず、北は概ね北緯50度線付近より南の樺太、東は千島列島、(また北海道、および)南は本州にまたがる地域に居住していた民族 。 」Wikiアイヌより





●アイヌと縄文人はゲノム遺伝子的に違う
アイヌと蝦夷つまり東北縄文時代人とのゲノム遺伝子的形質はあきらかにかけ離れる。

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三貫地人とは福島県新地町にある貝塚遺跡で出土した縄文時代人である。
https://www.fcp.or.jp/mahoron/tenji/02_shitei_9.htm


ゆえに本土の縄文時代人ではない。遺伝子の核心であるゲノムが違うのだ。縄文人とも弥生人ともヤマト人とも琉球人とも違う。似ているのはロシアアムール川の少数民族アイヌだけだ。東南部北海道先土器時代人とでも言うべきか。彼らが海を越えて青森からどこまで行ったかは知らないが、「津軽=つかる=アザラシ」などの、本土地名にアイヌ語が残るのも間違いないだろう。しかしのちに渡来系ヤマト人のためか、あるいは蝦夷のせいか、あるいはなんらかの環境変化のためか、アイヌは北海道に戻り、そこを出なくなる。のちに奈良政権、歴代幕府、明治政府屯田兵などにより俘囚の移住と、北海道の開発と民族の同化策、近代化の中で混血が増え、アイヌ人の遺伝子形質にはばらつきが出てしまった。歴史上、こうした民族のシャッフルは異民族粛正、均質化のための宿命だった。源流遺伝子を知ることがかなわなくなっている。また言語、ユーカラ神話など特有文化も次第に薄れ始めてもいるだろう。


●ひとりの現代人が生まれるには64人の先祖がいる
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つまり、アイヌもそのままなら本来の全形質が残せただろうが、本土日本人や蝦夷との婚姻混血があったために、今やその遺伝子も風前のともしびとなったことになる。生物の種を守ろうとか言うのとは人類の種はまったく別であるので、残念ながらこうなってゆくのが歴史的必然なのである。人間が何万年、何千年、いや数十年前ですら、先祖の形質を完全に残すのは不可能だということだ。人類も生物の一種だから、その種=純潔遺伝子はまったく守られていないとなる。動物や植物の固有種保護など人類の種の保護に比べればまだ簡単な話だと気が付くはず。




琉球民族同様、ヤマト人からの差別はいまだにアイヌに対しても存在する。お忘れなく。
おそらく今回の整備も、オリンピックがなければなかったかも知れず、政治の、民族差別など日本にはないことの「目に見える化」政策でしかないだろう。それでもアイヌたちには喜ばしいことではあるようだ。しかし内心は違うのかも知れない。

テレビのニュースでアイヌたちが踊るのを観ていた。彼女たちの顔に、もうかつての西欧人のような彫の深い顔を見出すことはできない。どれもがヤマト人のような扁平な顔だ。たとえば三代もモンゴル系や朝鮮系アジア人と混血すれば、先祖からのアイヌの顔つきは消えてしまうのだろう。混血とはそのように先祖にとっては残酷な一面を持っている。




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