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吉野ヶ里遺跡の高床式住居
https://kojodan.jp/castle/94/photo/12826.html



高床式住居や倉庫が弥生時代に定着した理由は、これまでは南方系民族の風習を取り込んだとか、風通しとかの「日本人の二重構造」論による南方系中国少数民族の逃避などが大きな理由と考えてきたが、どうもそれだけではなさそうだ。


この温暖化による河川氾濫を見てつくずく感じるのは、当時の日本が雨季を持った温暖化時代だったからではないか?と思えてきたのである。

吉野ヶ里遺跡は筑後川のやや高いところ佐賀県神崎にある。
このたびの筑後川氾濫で、国史跡吉野ヶ里で、なんらかの災害が起きた話は聞かない。

高台で高床式の理由ももしや温暖化による河川増水を避けるための日本弥生時代人独自の着想だった可能性があるのではないか?そう思えてきた。

では、南方によくみられるエックスに交差する「千木」状構造物の類似はどうかと考えると、千木とはそもそもが「風切り」の魔よけであろうから、偶然、どちらも風が強い時代があったと考えれば納得できまいか?風を切るとは台風、強風への古代人の最新まよけ知識=科学だったのではないか?


豪雨の日々にさらされたことが、筆者に新たな可能性を考え付かせてくれた気がする。



みなさま、いかがでしょうか?


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