その夏、キャンバスから消えたYは、夏休みにはカナダへホームステイしていた。そうらしいとは聞いていた彼は、密かに夏休みの課題の内容なんぞのサゼッションを書きしめた、大きな封書の手紙を実家へ何度か送っていた。 それまで互いにまったく知りもしなかったのに、いきなり送付したのであるから厚かましい。もっとも返信など期待しているわけではない。”へたな鉄砲も数うちゃ当たる”である。大きなバスを釣るには、何度もロッド振って、ルアーを水中に投げ入れなければならないものだ。キャストはすべてのステディ・ゲットの基本である。釣り師は椅子に腰かけていたら魚には出会えない。


 夏休みが明けて京都へ戻ると、すでに学生運動は沈静化していた。関西の学生運動の中心は、大阪は大阪市立大学、京都は龍谷大学だったが、東大闘争後の左翼によるハイジャックとか、すでに体制は決しており、その世代たちはすでに卒業して体制に飲み込まれ始めていたし、われわれ世代は、多くが左右イデオロギーよりも現実的な嗜好性が強かった。そういうところが団塊世代に遅れてきた三無世代と呼ばれた要因でもある。ニューファミリー世代とは違い、わずか数年違うだけで、彼の世代の多くはファッションやアンノンな小旅行や、ひとりでの放浪、ニューミュージック・ロック・ブルースを好んだ。四畳半フォークやプロテストソング、メッセージソングを好んだひとつ前の世代よりも、ドライで、現代の子供たちの先駆け的無責任世代だった。


 国文科教室ではクラスで同人誌的な冊子を出そうという機運が高まり、それぞれが抱えている文芸作品や個人的思いを込めたなにかを提出して欲しいむね、学友会にいる連中よりの申し入れがあった。同時に、すでに高校時代から文芸部で同人誌を作っていた彼に、是非、作品の編集に加わってくれぬかと要望があった。当然、冊子への興味もあるが、そこにはY嬢がいるのであるから、断る理由もない。

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 ここまで書いて、ではおまえはそれ以前に彼女もいなかったのか?と突っ込む人もあろうから、ついでに書いてしまうが、大学以前には特定の彼女はおらず、一方的に言い寄られるか、言い寄って振られていた彼であった。なんのことはない彼も彼女と同じで、高校時代は目立たぬ文学少年であったのだ。大学では学生服でなくなり、大阪の兄のファッションに刺激されてJunの、黒を中心とするヨーロピアンファッションで身をハードに変えたために、もてはじめたのだった。二・三人、短い恋が生まれては消えてをやっていたが、その「間氷期」に、彼女をちらりと見るチャンスに遭遇したわけだった。

 学友会のせまっこい会議室で久しぶりに見る彼女は、かなり「ふくれていた」。つまり北米の生活で、かなりのあちらナイズされた食事とフランクな暮らしが、彼女の体躯を大きくしたのである。縁日の水ヨーヨーがはちきれそうだった程度の彼女の愛くるしい体躯は、今やバレーボールのようにはちきれそうだった。もちろんそれでも十分に愛くるしかったのだが、彼と付き合い始めるとそれは見る見るスリム化してゆくことになる。それほど学生時代の彼はやせていた。学友たちは彼を、吸っていたタバコにかけて「ミスター・スリム」とか呼び、彼のジョン・レノンの、テニスシューズにベルベットのスーツを真似る姿から、ブルースバンド仲間は彼をジョンとも呼んだりしていた。社会人になっても通いのシャンソンライブ喫茶「洗濯船」の専属歌手は、やはり時代を経てもジョンと呼んだ。犬じゃねえってんだ。

 ♪いつも話ことはおんなじことばかり ニューロストにウッディ、ピート・シガーのことさ
   わかんないわなんて 口癖のように言うのさ 楽しそうに聞いていたっけ シャララ ラララ アリスのレストラン♪(アリスのレストラン アーロ・ガスリー/アーサー・ペン監督 1969)


 彼らがよく弾いていたバンドのテーマソングだ。  

 アリスが手に入ったかどうかは今後の彼の努力しだいである。ご期待を。とにかく彼女は一時もじっとしていない行動派だった。カナダから京都のはじっこから、神戸まで、彼女は四六時中飛び回る、まさしく「時空をかける少女」であったのだ。まいったぜ。しかも誰よりもアリス。夢見る乙女でもあった。振り回される彼。はたから見ていたかったね、作者としては。当の本人じゃなければ、あんなに恋に落ち、はまりこまずに終わったかもしれないよ。とほほほ・¥・・。

 事態の急変は宮崎の学友の安下宿の合コンからだった。彼女の魔法が始まってしまう。後悔と懐かしさと、胸が今でも締め付けられるほどの甘い時間が、ついにパンドラの箱からあふれかえってしまう。あっぷあっぷあっぷあっぷ~~~お助け~~~~メルティ、メルティ~~~~~!!溶けちゃうよ~~~(なんの映画だったっけ?)

OIP



続く



これはもうアナザーワールド。
過去の自分の恥部を民俗学の天秤にかけているみたいに脂汗が流れている。またやせそうだな。
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