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 1973年、彼が大学を京都に決めたのは、美術部時代から仏像・神像の模写ばかりしていたからだろう。 当時の京都の大学は、まだ学生運動の最中で、学内でもジグザグ行進なんぞが、小規模だがやられたり、時ならず赤ヘル、黒ヘルが投石しあい、女子学生が石が当たって顔面血まみれで運ばれて行くような、とてもじゃないがまともな勉学の場所とは言い難いものだった。高校時代を文芸部や美術部やテニス部でやり過ごしたノンポリの彼には、無縁のヘルメットたちを、彼はいつも少し離れて、冷ややかに眺めるだけだった。

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 学内よりも、外につきあいの多い彼には、一風変わった友人も少なくなく、中に、気が小さくて心優しく、子犬好きの変わり種の自称・元北関東の暴走族だったという奴がいて、学友を通じて知り合い、たまに彼の車にのせてもらうこともあった。その日がちょうどそんな時で、たまたま三人でシャコタンでドライブして、講義に間に合わせて正門前まで車が戻った時、その暴走君がこともなげに「ドリフトしようか?」と、右肩上がりの茨木弁でのたもうたのだった。

 薩摩っぽで若いのにすい臓炎の、顔色の悪い、不景気そうな学友の「うん」を聞かない前に、彼はすでにサイドブレーキを引きながら急ブレーキをかけて、ハンドルを回していたから、車と彼らは一瞬でギャーっという金属音とともに正門前で一回転して止まった。彼と学友はふらつきながら車を降りて正門横に、学生らがぶち壊しにしてしまっている巨石の垣の上にちょこんと並んで座って、エグゾーストを鳴らしながら、ごろごろごろごろと便秘のような音をさせつつ去ってゆく暴走君のシャコタンに手を振ると、しばらく呆けたように腰かけていた。後ろでは、きっと音に驚いた学生たちがこっちを眺めているに違いない気配がしていた。振り返りづらい。

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 しばらくして、女子学生たちの楽し気な嬌声が戻って、その中に彼はひときわよく通る南関東~東海系共通語の声色が、あたりのざわめきを押しのけるほどの自己主張の強さで響き渡り、うしろを振り返ってみた。そこに彼女はいた。少し離れて、友人と笑いながら楽し気にはしゃいでいた。白いとっくりのセーターに真っ赤なストレートのサロペット・ジーンズといういでたちで、はじけるような笑顔と、甲高い笑い声、そしてこれも白い、ぱんぱんにはりつめたピンクの頬のありふれた少女であった。

 「はて?こんな娘がうちの大学にいたかな?」
 
 彼は心中でそう思いつつ、けげんそうに、しかしまぶしそうに、その赤と白の風船玉のように元気な娘を見つめた。

「学友会のYだわ」学友が不景気そうに教えてくれた。
 「まあ、じゃじゃ馬系ぜよ。」じゃじゃ馬は好みだった。

「脚が長いな。小さいくせに。胸がでかいな。色は白いし、髪はさらっと長い。トランジスタグラマーやな」彼は一瞬でそこまで考えて、唐突に好きになった。いわゆる吾妻ひでおの漫画の少女、それが彼の妻になる女との最初の出会い、というか初見だった。つまりそれは入学の一年半後の1974年であり、それまで彼は彼女が同じ大学の同じ学部の、しかも同じ教室にいたことすら知らなかったのである。彼は見栄えがよくてかなりもてたが、彼女のことはまったく知らなかった。それほど去年までの彼女は地味な田舎の小娘だったのであろう。でも今年の彼女は別人になっていた。だから突如として彼女は彼の目の前に出現したタイムトラベラー、時をかける少女だったようである。

 その日のうちに彼は学友たちから彼女の情報をかき集めていた。しかし、しばらくすると彼女の姿は日本から消えていた。




続く



これはワタシの終活のひとつとしての記憶である。
何人の彼女まで書けるかわからない。その気になったらぽつぽつと書いてゆくつもりである。死ぬまでのわずかな時間をうっちゃる方便でもある。

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