民族学伝承ひろいあげ辞典

文献・科学・考古学・遺伝子学・環境学・言語学・人類学・民俗学・民族学 あらゆるヒントを総合し、最新用語を解説、独自に解釈してわかりやすく説明します。 誰も書かない、目から鱗、鼻から牛乳、目から火花、頭の先からぴかっと電球

2013年09月

  雑能・三輪(みわ) されどもこの人。夜は来れども昼見えず。ある夜の睦言に。御身いかなる故により。かく年月を送る身の。昼をば何と烏羽玉の.夜ならで通い給わぬは.いと不審多き事なり。ただ同じくはとこしなえに。契りをこむべしとありしかば。彼の人答えいうよ ...

  ■「天網恢恢疎にして失わず」である老子曰く 「天網恢恢疎而不失」 てんもうかいかい、そにしてもらさず正しくは「疎にして漏らさず」ではなく「疎にして失わず」だったことが考古学で証明されている。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ●湖北 ...

 A 最新版考古学発掘による弥生時代のツクシ型送風管出土地から判断できる最古の製鉄遺跡分布図   ランクリ!    B 古代日本の炉型とその分布図C 日本古代の高炉様式       日本古代の製鉄工房遺跡1 鉱物石成分は花崗岩(みかげ石)中に存在する ...

   明治政府宮内省が陵墓、陵墓参考地だとしている日本の都府県である。古代史愛好家諸氏は、この分布図を見てどう思われただろうか?ちょっとおかしいのじゃないか?と感じなかっただろうか?天皇とは大和あるいは近畿地方に墓があるはずではないのか?そういう素朴 ...

  「「仏」をホトケと呼び始めたのは、どうやら物部守屋(もののべのもりや 弓削守屋とも ?~587)という人であったという。この人は神道派であり、政治的に対立していたのが、仏教擁護派の蘇我馬子(そがのうまこ=?~626?)や厩戸皇子(うまやとのみこ 後に聖徳 ...

 筑紫これを最古では「つくし」と読む。というのがこれまでの常識で、本当はどう読むのかについて言及した真摯な研究が無い。  筑紫の最古の文献登場は、『隋書』東夷伝の「俀」国伝である。ここには「竹斯国」とあり、これを「つくしのくに」と読むように日本の研究 ...

 日本酒のふるさと「はりま」の酒蔵を巡るツアーが好評  姫路市をはじめ21市町からなる「播磨広域連携協議会」は、観光施策の連携を大きな柱の一つとしています。 そこで注目したのが、共通の地域資源である「日本酒」だったのです。 日本には各地に酒処があります ...

  ●和歌山県隅田八幡人物画像鏡銘文癸未年八月日十大王年男弟王在意柴沙加宮時斯麻念長寿遣開中費直穢人今州利二人等取白上同二百旱作此竟  大意癸未(きび、みずのとひつじ)の年八月十日大王年、孚弟王(男弟王か?)が意柴沙加(おしさか)の宮におられる時、斯 ...

  風土記とは和銅六年(713・元明朝)五月に当時の国内各国にその地方の様子を詳細に記録し、天皇に差し出すように発令されて、各地で編纂された地誌、日本志・日本書。『古事記』成立翌年に発布された。(続日本紀)一般的に「播磨風土記」「出雲風土記」などと「 ...

 これは橋本雅之も書いていることだが、『播磨国風土記』には写本がひとつしかないという点である。これを「孤本」という。古代の記録や史書はすべてが原本が消失し、あるのはすべて写本であるが、いずれも複数写本があって、比較検討が可能である。しかし播磨国の古風 ...

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