2013年08月

 阿蘇山麓中通古墳群    ◆阿蘇神社 名神大社、888年以後は大神宝使発遣対象社。 第7代孝霊天皇御代 孝霊9年(紀元前281年)6月勅命により、神武天皇の御子である神八井耳命 (カムヤイミミノミコト)のまた御子である健磐龍命(タケイワタツノミコト) ...

 阿蘇氏と一言で言っても、鷹の羽紋を調べれば山ほど出てくる。類似家紋が多いのは、それだけ古代以後に阿蘇氏とのえにしを結んだ無縁氏族が多かった、つまりそれだけ阿蘇氏が往古から有力豪族だったということの証明になる。       もういちど前章の氏族分析の ...

  「一般論としていえば、系図は、①長い年代・期間に何度かにわたり書き継がれたか、②長い年代に活動した多くの人々の人間関係を所伝史料を基にしてある一時期にまとめて書き表されたか、さらには①②併せた事情がある、というものである。そのため、どの家、どの社 ...

 <遺跡>ローマガラスに似たガラス玉出土 福岡 福岡県宗像市は26日、同市田久の田久瓜ケ坂(たくうりがさか)遺跡の円墳(6世紀中ごろ)から出土したガラス玉(直径5ミリ)を分析した結果、古代ローマ帝国領内で製造されたローマガラスの特徴を持つことが分かっ ...

 筆者の出身地である大分県は「おおいた」と読むが、『豊後國風土記』では景行天皇が訪問して「よろしく碩田国(おおきた)と名づくべし」とあって、もとは「おほきだ」であったらしい。 「おおきた」が訓である。 「おお=きた」に分解すると、おお=大、きた=分と ...

 野津古墳群にほど近いところにこの古墳はある。その大きさは128メートルで熊本県最大だったことがわかり、肥後国司クラスの墓だといよいよわかってきた。残念なことだが、戦前、この石室はオープンで、森に囲まれていたために、浮浪者?たちが住処にし、中で火を使 ...

   青●=地下式板石石室墓  ピンク●=免田式土器      熊本県の南部地区を代表する弥生土器の型式に『免田式土器(めんだしきどき)』がある。大正7(1918)年、免田西下乙字本目の源ヶ屋敷(げんがやしき)から出土し、町名が命名された。免田式土器(めんだしき ...

          高島市安曇川町上御殿遺跡出土鋳型によるレプリカhttp://uminohakata.at.webry.info/201308/article_5.html         慶応大学所蔵伝中国製触角付有柄式銅剣            佐賀県柏崎遺跡出土          韓国ソウル市中 ...

 別府の古墳だからサルと温泉タグだよ  大分県別府市上人鬼ノ岩屋古墳2号墳石室 推定編年6世紀後半 小田富士夫『古代九州と東アジア』より  この部分が奥室?    蕨手氏撮影  円紋   蕨手氏撮影           奥壁の唐草?絵柄はすっかり退色し ...

 奈良県飛鳥で発見された亀石遺物などを含む飛鳥遺構は導水施設であり、その高台に置かれた酒船石は、導水施設模型であることはもう明白となったと言っていいだろう。              飛鳥酒船石遺跡の導水施設 素材は花崗岩               ...

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