2012年02月

With2ブログランキングへ巻二十九 於鈴香山蜂螫殺盗人語(すずかのやまにして、はち、ぬすびとをさしころすこと) 第三十六  今は昔、京に水銀(みづかね)商する者有りけり。年来(としごろ)役と商ひければ、。大きに富て財(たから)多くして家豊かなりけり。  ...

With2ブログランキングへ◆厭魅アジア全体に広がっていた先史時代からの原始的信仰の一要素である「森羅万象に神(精霊)が宿る」という思想が基。そこから「人型(ひとがた)の物には魂が宿る」へと変化発展。「念を込めた人形(ひとがた)には魂が宿る」が曲解されて→「相 ...

藤原頼長(ふじわらのよりなが)藤原忠実(北家)の次男。母は土佐守藤原盛実の娘。関白・藤原忠通の弟。幼名は菖蒲若。悪辣左大臣=悪左府と呼ばれた。幼時より頭が良く、膨大な和漢の書を読み「日本一の大学生、和漢の才に富む」とその学識の高さを評された。7歳の時には ...

With2ブログランキングへ 『病草紙(やまいのそうし)』は,平安末期から鎌倉初期の制作と推定されている絵巻であり,詞書きと絵の作者は不詳である.『餓鬼草紙』『地獄草紙』とともに「六道絵」(浄土教美術の画題.六道とは仏教の世界説で地獄・餓鬼・畜生・阿修羅 ...

With2ブログランキングへ古代も末期になると海外渡航が可能な船が造られる。日本人の「公式な海外渡航」は聖徳太子時代に小野妹子が隋へ、その後遣隋使が始まる。もちろんこれはあくまで公式記録であって、国家が先進国へ朝貢した記録に過ぎず、船も当然それなりである ...

With2ブログランキングへ日本の中世史「発見」◆在地領主派生説 明治時代まで日本に中世史は存在しないというのが西欧史の視点であった。アジア・アフリカには中世・近代はなく、いまだ古代のままであるとされてきたのである。しかし日本は明治時代に西欧的国家意識(ア ...

With2ブログランキングへ●●日本最初?フグ食って死んだ家族の遺骨千葉県姥山貝塚遺跡家族仲良く、5人が「フグの骨」を囲んだまま死んでいる状態で発見された。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%A5%E5%B1%B1%E8%B2%9D%E5%A1%9A●縄文人もフグ食べた? 下関「海響 ...

With2ブログランキングへ●●フグの毒は餌のせい。無毒の餌を与えれば無毒のフグができます。???◆縄文時代、フグは無毒だった!? ホンマカイナ??!!千葉大学薬学部部長山崎 幹夫 氏◆「体内の悪霊を退治する毒」が薬の始まり──先生の著書「毒の話」を拝読さ ...

With2ブログランキングへ「殿は故刑部卿の殿の嫡子にて渡らせ給しかど、14・5歳までは助爵をだにし給ず。冠をだにも給らせ給はで、継母の池の尼公のあはれみて、藤中納言家成卿の許へ時々申より給いし時…」    「『延慶本平家物語』巻2「西光法師を搦め取る事」 「 ...

●松の木と被差別と異界と常民◆乞食松「「乞食松」に纏わる話は,「港北百話」という書籍の中に詳しく書かれています.(昭和51年発行「古老を囲んで港北を語る編集委員会」編纂)横浜市立図書館ウェブサイトに「港北百話」の目次が掲載されていますが,http://www.city.yok ...

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