2010年01月

With2ブログランキングへ紀元前から古墳時代にかけて、地方の豪族たちが収集していた中国・半島の煌くような副葬品の数々を見ていると、いつも思うのは現代の九州とのギャップだ。金メッキされた鏡もルビーやラピスラズリに飾られた華麗な鉄鏡も、まして純金の金印も、 ...

このブログにこれまで添付してきた画像の中から、九州出土の国宝クラス遺物の画像をいくつか集めてみた。存分に画像をお楽しみください。■福岡県宗像大社沖ノ島純金製指輪新羅系1400年前ころ熊本県江田船山古墳出土金銅製耳飾江田船山古墳出土金銅製履福岡県一貫山銚子 ...

新しい疑問は、■1 ではなにゆえ苦心して造った鏡を平原の人々は破鏡したのだろうか?破鏡に関しての専門家の諸意見は以下の如し桜井茶臼山古墳出土の銅鏡 貴重な鏡、なぜバラバラに?1研究所の担当者は「石室には当初、鏡がびっしりと置かれていたはずだ。盗掘者が足を ...

この記事はまだ資料が揃っていないので途中経過である。資料提供 蕨手氏記事がここまでなので、平原巨大鏡の鋳造法については次回に譲る。・・・・・・・・・・・・・・■平原古墓以外の巨大な鏡について言及しておきたい。1 山口県柳井茶臼山古墳出土鼉龍文鏡(だりゅう ...

※この記事は数日後にファンのみ公開にします。滋賀大学・菅谷文則が「伊都国歴史博物館企画展要覧」に掲載した平原古墓内行花紋鏡と八咫鏡に関する分析の全文を掲載する。貴重品にして、希少な資料であると考える。■1320年 度会家行 著の『類聚神祗本源』が、すでに現 ...

池上曽根遺跡とは(3)■変わる弥生時代の集落像「池上曽根遺跡」について、その巨大さと重要性を指摘したのが、森浩一氏ですが、集落像を初めて具体的に論じたのが石神怡氏です。石神氏は第二阪和国道の調査成果に基づき、歴史的な集落発展過程を考察されました。 また、都出 ...

「皇祖神・アマテラス(天照大神、古くはタカミムスビ=高御産巣日神が皇祖神であったようだ)は、これらの『記・紀』神話以前から祀られてていた太陽神(それぞれ各地の豪族が奉斎していた土着の日神信仰)を統合(大和朝廷が独占)した形で登場してきたのである。 現在で ...

●初瀬(はつせ)広義には川の水源地帯の地名狭義には奈良県桜井市東部、初瀬川渓谷の総称「はつせ」は「はっせ」とも「はせ」とも変化する意味は1「はじめての水」 地名としてはほかに「寒水(そうず)」「走水(そうみ)」に等しい2 終瀬(はてせ)果て瀬 人が果てる ...

With2ブログランキングへ八咫鏡(やたのかがみ)については、それが国内のどこから来たかの結論はすでに決着しているとしなければならない。■伊勢神宮にあるとされている八咫鏡は伊勢の『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』(『御鎮座伝記』)では、「八咫鏡は八頭花崎八葉 ...

■三種の宝物(みくさのかんだから)とは、「八咫鏡」・「八尺瓊勾玉」・「天叢雲剣」(「草薙剣」)のこと。神器という言い方が一般化したのは南北朝時代ごろからと言われている。■『古事記』「天照大御神(あまてらすおおみかみ)が日子番能邇邇藝命(ひこほのににぎのみ ...

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