ナシ族「人類遷徙(せんし・移り変わること)記」
「天の怒りに触れておきた大洪水のなかを生き延びた人類の祖ツオゼルウは、天の神の美しい娘ツツブブミと出会い恋に落ちいった。”父の天の神の試練をツツブブミの助けによってみごとにのりきり”、家畜、穀物などの”土産を天神からもらい”、二人は下界に降って夫婦となることができた。
二人は幸せな生活を送って、”三人の子”に恵まれた。しかし”その子ははじめ言葉を話せなかった”。
二人が下界に降ってから一度も天に訪れていないため天神が怒ったためであるとわかったので、盛大に天神を祭る。
ある朝、三人の子どもが家の前であそんでいると、ふいに馬が一頭畑に入り込み、かぶらを盗み食いしている。
子どもたちは突然口々に声をはりあげはじめた。
長男はチベット語で、次男はナシ語で、三男はミンチャ語で、それぞれ「馬がかぶらを食べている」と言ったのである。
おなじ母から生まれた三人の子どもたちは、異なった言葉を話す、三つの種族になったのだった。三人は異なった服を着て、三種の異なった馬に乗り、三つの方向へとかけ去っていった。」(筆者若干加筆編集)君島久子『中国の神話』より

コメント
イザナギ・イザナミ神話の三貴子神話のバリエーションと言える。
このほかにも、同じ神話の中に、夫婦は兄妹が夫婦になり(近親結婚は日本だけの皇族の婚姻形態であった。)、娘が五人生まれ、一人が熊に見初められるといった熊婿入り伝承もある。熊も決して北方系の専売特許ではない。アイヌ伝承の熊も南方経由の可能性は高い。
””の部分は日本の神話に対応している。
「父の試練を娘の助けで乗り切る」のは大国主がスサノオの娘を奪うところに対応。
「土産をもらい」は大国主がスサノオの十種の神寶や琴を奪うのに対応。
「子どもが最初口がきけない」「動物を見て口を開く」のはホムチワケ命のエピソードに同じ。
しかし構造的に最も似ているのはやはり始祖的人物が三人の子を生むところ。
またイ族のシャーマンの教典には「左目から生まれたのが太陽、右目から生まれたのが月」とあるし、原初の創世神が目から二神が生まれるのが元来の形であったようだ。
のちに中国の盤古神話である清国時代の『繹史』には「この世に始めて生まれた盤古が臨終を迎えたとき、その全身に大きな変化が生じ、口から吐き出す息が風と雲、発する声が雷鳴、左目が太陽、右目が月」とあるとあるように、スサノオの鼻から生まれたのではないにせよ、嵐や雷鳴のイメージが持たされているところはかなり近い。
大林太良は、中国江蘇省の三官伝説を紹介し、それが日本のイザナギ・イザナミ神話の七つの要素のうち、柱めぐりを除く実に六つの対応する類似性を指摘している。
三官とは道教の天神・水神・地神の三つを表す。この話は明代の『西遊記』から拾い上げられた伝説で、
時代は下がってしまうのが欠点だが、『西遊記』などの小説や道教の思想さえ、こうした呉越の南方神話の影響から免れなかったということを知ることができよう。