ハニ族
「人は地上に生まれ落ちるや、霊魂を12個持つと言われている。この12個の霊魂は人体の安危禍福に対してそれぞれ異なる役割を果たしていて、(中略)整然と並んでいる。第一魂は主魂で、人体にぴったりくっついている。第二魂は次魂で、類推をつかさどる。この12個の霊魂は並んでいる順に健康に対して演ずる役も異なり、身体に近いもの程大きな役割をする。身体を安全健康に保つには、12個の霊魂がつねにひとつ残らず身体を取り巻いていなければならない。霊魂が遊離すれば病気になったり災難にあったりするが、小さな霊魂が遊離すれば軽い病気、大きな霊魂が遊離すれば重病になり、身体にぴったりついている主魂が遊離すれば人は死ぬ。(中略)霊魂はいちばん後ろの第十二魂から遊離してゆき、主魂がまっさきに遊離することはないといわれている」

ホジェン族
「第一の霊魂はカンロン。人にも動物にもあり、人が死ぬと遊離する。(中略)
第二はハーニーといい、眠っているときに一時的に遊離し、遠くまで出かけていって他人の霊魂と付き合う。夢を見るのはこのハーニーのためであるが、目を覚ませば戻ってくる。気を失ったり精神病になったりするのはハーニーを失うからなのである。
第三の霊魂はフェイヤークーといい。投胎転生(人の死後にその霊魂が他の胎内に入り込んで再生すること)を管轄する神が生み出したものである。人が死ぬと、その身体から遊離して投胎転生する。女性が妊娠しなかったり流産したりするのは、いずれもこのフェイヤークーが流離したり他人に奪われたりするからなのである。」

イ族
「一つは身に寄り憑いている霊魂、一つは天上にいる霊魂、一つは家を守る霊魂で、他の九つは護身の霊魂である。天上の霊魂はその人が生まれる前から地上に下りてきており、この霊魂が昇天したり遊離したりすればその人は死んでしまう。」


中国の漢民族は始め二つ、やがて七つの霊魂を認識した。
『抱朴子』は胎光・爽霊・幽精の三魂、および尸狗・伏矢・雀陰・呑賊・非毒・徐穢・臭肺の七魄を併せて「魂魄(こんぱく)」としている。
しかし少数民族の伝承では三つ、12個となっている。(阿蘇神社などでも祭られる神は12であり、これは一年12ヶ月を指すとも思える。西洋でも12は聖者の数としてよく用いられている。これもやはり12monthを指す月齢の象徴となりうる。これは人類の共通認識としての12であり、あえてユダヤ教や景教などの影響を言い出す概念ではないのかもしれない。むしろ月齢が先にあって、宗教に影響したと見るのが整合性が高いか。
また4の概念も四季から始まったと思える。
三貴子などの3については2進法の始原の数である2にプラス1の例外を加える発想か?それは同時に絶対安定でもある。鼎の脚の三本あるのも安定であり、またロッククライミングの安定支点もまた三点である。この三つ目の脚なり支点なりを見つけたとき、古代人は感動しただろうと思う。それは0を見いだした時に匹敵するイベントであり転機であったろうと想像する。筆者)

日本の神話では少名彦名が去ったあと、大国主の前に寄り来る神が「自分はお前の幸魂、奇魂である」と言っているが、実際にはこれに和魂・荒魂を加え4種が現れてくる。それぞれ幸福・霊妙、柔和・勇武という概念に対応すると言われる。(しかし筆者は荒魂には耳に心地よい勇武よりも、権力や権威への反駁、あるいは反骨というものが加わると思える。この荒魂を象徴するのがスサノオではないか。言い換えれば鬼の心を生む煩悩であり、ゆえに和魂とは表裏一体となり、伊勢など多くの神社では必ず二者がワンセットになる。これは人間のなりわいそのものをいみじくも指していると考える。)
霊魂とはラテン語でアニマである。
これを「宗教の根底にある」「霊的存在への信仰」として言葉にしたのが人類学者E・B・タイラー(BC19、英国)であり「アニミズム」である。


コメント
諏訪春雄の観点では、大和を制した、天照大神を奉じる崇神天皇は大和の地方神である三輪の神を治めても、まだそれは大和圏内を制したことでしかなく、実際には周辺に巨大な影響のある出雲の神という強力な国ッ神を奉じる勢力が存在した。ゆえに出雲を制して初めて列島の覇者となれることを示すのだろうという。いわば『三国志』で言えばこれは倭国における三者並立である。日本人はこの三者の内、ひとりが完全制覇するという大陸的発想は持たなかった。むしろ諸葛孔明のように、南方的な融和、協力、牽制という方法を選ぶわけだろう。諸葛亮孔明もまた中国南方の思想をよく取り込んだ軍師だったと言えよう。
三者並立こそ、のちの聖徳太子の「以和為尊」(おだやかなるを以て尊しと為す)の思想につながってゆくのではなかろうか。