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さて、中国の製鉄は江南に始まります。これは米作の開始よりもずっと早いのです。
そして日本へは江南から直接海を渡るケースと、朝鮮半島経由のケースと、さらに少し遅れてモンゴル平原にあったタタールから南下してくるケースと三つのルートが考えられています。これは米の伝播ともあい通ずるし、またシルクロードの商隊を通じて伝わる物品とも関連するでしょう。ただ製鉄は米作よりも早いということだけは忘れないでください。早くにできあがった文化は早くに伝播したはずなのですから。

ここで大和岩雄氏『十字架と渦巻き』を見てみましょう。

日本の弥生人は縄文からの古い伝承を捨てずに自分たちの文化にちゃんと反映させています。それは渦巻き、蛇の鱗模様、鳥、日月、などに表される「再生への願望」です。縄文土器の縄目模様は蛇の形をあらわしています。もっと言うなら、縄こそは蛇そのものなのです。従っておすもうさんが土俵入りで拍手の後に手をこする仕草は、まさしく縄を綯う仕草そのものです。神社へ行ってもわれわれは拍手こそすれ手をこすり合わせるまではしなくなりましたが、本当は縄をなうように祈りを込めなければ意味がないのかも知れません。
人類の再生へのあこがれは「不老不死」への願望へと発展してゆきます。それは縄文土器にすでに形となって現れています。
これらは縄文から弥生、古墳時代にかけていかに渦巻き紋が不老長生のシンボルとされたかの証拠写真です。渦とは永遠です。単なる円では一瞬にして時間が終わりますが、二重丸、三重丸、そして渦巻きへと線分を延長することが、まるでメビウスの輪のような無限を表すのです。
そして渦とは蛇のとぐろであり、また女性性器の形状を指し示しているのです。女性とは母です。母の胎内から生じる命こそが神秘の局地であり、だからこそ世界中で山の神が女性とされてきたのでしょう。
その山の神は中国では女女咼(じょか)とされています。このジョカのカの字は女偏に渦なのです。
最初は女偏はつきませんでした。ただの渦のさんずいのない形でよかった。「咼」は渦が巻く様子を現す漢字です。やがて陰陽の哲学が生まれだすと神は夫婦の二対になってゆき、男の神であるフッ儀が付け足されたために、女偏がつくようになります。従ってもともと山ノ神、天体の神、万物創生の神は女性なのです。

ジョカは粘土をねって万物を創り出したといいます。それこそがまさに土器を創り出すのが女性の役目だった縄文人などの古代人、のみならず世界中の土器製作者が女性であった証となるのです。
ですから縄文土器の壷は女性の肉体をそのまま写します。それも妊娠した母親の体です。上にある土器の書写は大和岩雄氏の著書からの転写ですが、真正面から見ると、まさしく母親が出産する時に、大腿部を広げた姿を写したものでしょう。膣にある壷の中ほどから胎児が顔をのぞかせているのがこの土器の構図なのです。


上段の中央にあるほら貝は土器で作られています。新潟県山北村から出土した縄文後期の壷ですが、これほどズバリと渦巻きをオブジェにした土器はほかに見当たりません。巻貝の形状はそのまま女性性器をあらわし、それは生命の誕生する聖なる場所、聖なる部品となるのです。そしてそれは死を迎えたとき、また胎内へと回帰することによって再生するという願いが込めらることとなります。それが前方後円墳の形であり、甕棺の形状であり、横穴墓の形状です。沖縄の古い墓などはもうまさしく性器の形をしています。また平安京やソウルなどの都市は女性性器の形状の中に建てられています。

これが風水なのです。その風水は道教の陰陽五行に大成されてゆきます。
プレ道教の哲学は中国王朝の基盤となっています。いわゆる神農氏黄帝ケンエンに始まる王統はすべて江南のプレ道教思想に満ち満ちています。
渦と蛇こそが最初の神仙思想なのです。
これは洋の東西を問いません。
世界中どこを見回しても古代人が創り出す幾何学模様は、組みひものからまった形状や蛇のとぐろを模しています。あるいはエジプトでは昆虫に模されています。スカラベもそうですし、エジプトの王が被っているシマシマの頭巾の形状はこのような眉の中の蛾のさなぎの頭部のイメージで作られています。