柳田国男・・・一番ひどいのはOO子爵ですね?
尾佐竹猛・・・堺の県令をして居る時分に奈良の大抵の社寺の古物などを持って帰るのですね。あれなんか県令の勢で強奪したり又はすり替へるのですからね。
芥川龍之介・・さういふのは裁判沙汰にならなかったのですか。
尾佐竹・・・・明治初年の県令といふものは大名の後継者の積もりで素破らしい(すばらしい)ものであり、司法権も警察権も有ってゐるといふ大したものでしたからね。そして民間は奴隷根性が抜けぬ時ですからね。
柳田・・・・・奈良の古物といふものは、あの時分によほど多く無くなったといひますね。
尾佐竹・・・・県令が御覧になるからといって取り寄せて返さぬ、又は、刀の中味などをすり替へて返す。それはまだいいとして、属官が旅費を貰って出張して古墳を堂々と発掘して、その地方の豪家に命令して泊まって、そして貴重品は県令様のポケットに納まるといふのですからね。それで居て旧幕時代の奉行代官から見ると善政を施してゐるといふのですよ。奉行代官から見るとそれでもまだズッと清廉潔白なんです、まるでレベルが違ひますからね。
芥川・・・・・さうですかね嫌になっちゃふね。
尾佐竹・・・・まだいろんな事がありますね。けれども余り言ふといけないから。

1927年文藝春秋七月号 柳田国男・尾佐竹猛座談会 at 東京星岡茶寮
出席者 芥川龍之介 菊池寛 柳田国男 尾佐竹猛

尾佐竹猛(おさたけ・たけき)・・・当時の大審院判事 1880~1946年


この話の県令の実名は五木寛之が『風の王国』という長編小説の中で「斎所厚」という名前でこの座談会をそっくりそのまま使用している。税所篤というのが実在の県令でいたそうである。
薩摩藩士。1827~1910

この話はなんだか今でもありそうなリアリティがある。

また今でもであるが、ある地方のある古物関係者は、開発情報が入るとすぐに発掘が始まることを知っており、発掘のアルバイトに応募するそうであるし、実際にそういう僧侶が捕まってもいる。OOOOしてますねえ。

以上参考文献 『墓盗人と贋物づくり』玉利 勲