06f545c8.jpg

1974年、ルーシーはエジプトのハダールから出現した。
年の頃なら25~30才。身長1メートル弱。
直立歩行。

彼女は今を去る数百万年前この別名「ダイアモンドの道」を歩いてきた。
だからビートルズの歌(ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイアモンド)の登場人物名を名前にもらった。

その後、1978年、同じアフリカ大地溝帯の通るタンザニアのラエトリで、今度は3人の親子連れの足跡が出現した。
350万年前の人類の足跡であった。
彼らもダイアモンドの道をアジアへと向かっていた。

ダイアモンドの出るアフリカの道を「アフリカ大地溝帯」(グレート・リフト・ヴァレイ)と呼ぶ。
地球に深く刻まれた巨大な溝である。アフリカの東の端に、南北にえぐられたようなこの巨大な溝はシナイ半島を通ってアジアにつながっている。

これがアジア人種が来た太古の道である。
われわれもここを通って列島弧へやってきた。

参考文献;宮崎正勝『地図と地名で読む世界史』日本実業出版社 2004年

アフリカ東部の「ダイアモンドの道」アフリカ大地溝帯グレート・リフト・ヴァレイ~アジア中国の「稲の道」タンルー大地溝帯はつながっている。その間にあるのはダマスカス~アナトリア~シナイ半島~南インドへつづく「鉄の道」である。

ミトコンドリア・イヴの子孫であるわれわれ人類は、この溝をハイウエイとして、450万年かけて北アジアへやってきて、その一部はさらに北上し凍ったベーリング海を越え、ロッキーを南下し南米に到達した。またある一部は北アジアにとどまり、寒冷適応し東アジア人種(日本で言うモンゴロイド)になった。

やがて地球は寒冷化を始め、モンゴロイドは食料となる動植物を追って南下した。

凍った琉球弧を伝って一部の者が列島に訪れた。3万年前のことである。
また北アジアからもアリューシャンを歩いてアイヌがやってきた。蝦夷もやってきた。

深い顔つきの双方は、温暖化してくると、得意の船で出会えるようになった。
混血し縄文人となった。三内丸山と琉球・南九州がこうして邂逅した。人々は列島各地に拡散した。

そこへ半島から騎馬民族が、朝鮮半島海岸、あるいは山東半島から騎馬民族と混血した海人族・倭人が馬と鉄と稲作を持って九州の北部と南部、日本海沿岸などにやってきた。在来の縄文国家を懐柔・壊滅させながらいくつかの王国ができたが、系統はいくつかにわかれ、どれが強いか力比べをした。
勝ったのは讃という名の王だった。
それをわれわれは日本語でホムタワケと読んだ。

ホムタワケの話は、のちに多くの王様に応用された。

先住民の国王たちはみなホムタワケにひざまずいた。大和盆地に孤立していた蝦夷・長髄彦だけが出雲とともに逆らった。ホアカリは帰順し、ニギハヤヒはしかたなく長髄彦を誅殺した。仲間は南北に離散した。そして熊襲・隼人・蝦夷たちの祖となった。

朝が来て夜が来て、600年が経った。
日本人完成までの前編の終了。


この記事は「40過ぎて」ブログ掲載文を編集し直してここと、「It's Kawakatu world!!」ブログに転載しました。それだけ重要な記事です。各自永久保存しておいてください。きっとあなたの生き方に多大な影響をいつか与えてくれるでしょう。
これがあなたとわたしの来た道です。我々は同じハイウエイを歩いてきた同胞です。
   筆者かわかつ