物部造(もののべのみやつこ)等の祖、  天津麻良(あまつまら)。 
笠縫部(かさぬいべ)等の祖、      天勇蘇(あまつゆそ)。 
為奈部(いなべ)等の祖、        天津赤占(あまつあかうら)。 
十市部首(とおちべのおびと)等の祖、  富々侶(ほほろ)。
筑紫弦田物部(つくしのつるたもののべ)等の祖、 天津赤星(あまつあかぼし)。

五部の造を供領(とものみやつこ)とし、天物部(あまのもののべ)を率いて天降り仕えた。

二田造(ふただのみやつこ)
大庭造(おおばのみやつこ)
舎人造(とねりのみやつこ)
勇蘇造(ゆそのみやつこ)
坂戸造(さかとのみやつこ)

天物部ら二十五部の人々が、同じく兵杖を帯びて天降り、仕えた。

二田物部(ふただのもののべ)。     当麻物部(たぎまのもののべ)。
芹田物部(せりたのもののべ)。     鳥見物部(とみのもののべ)。
横田物部(よこたのもののべ)。     嶋戸物部(しまとのもののべ)。
浮田物部(うきたのもののべ)。     巷宜物部(そがのもののべ)。
足田物部(あしだのもののべ)。     須尺物部(すじゃくのもののべ)。
田尻物部(たじりのもののべ)。     赤間物部(あかまのもののべ)。
久米物部(くめのもののべ)。      狭竹物部(さたけのもののべ)。
大豆物部(おおまめのもののべ)。    肩野物部(かたののもののべ)。
羽束物部(はつかのもののべ)。     尋津物部(ひろきつのもののべ)。
布都留物部(ふつるのもののべ)。    住跡物部(すみとのもののべ)。
讃岐三野物部(さぬきのみののもののべ)。相槻物部(あいつきのもののべ)。
筑紫聞物部(つくしのきくのもののべ)。 播麻物部(はりまのもののべ)。
筑紫贄田物部(つくしのにえたのもののべ)。

(天の磐船の)船長が、同じく、梶をとる者たちをひきいて、天降り仕えた。

船長・跡部首(あとべのおびと)等の祖 天津羽原(あまつはばら)
梶取・阿刀造(あとのみやつこ)等の祖 天津麻良(あまつまら)
船子・倭鍛師(やまとのかぬち)等の祖 天津真浦(あまつまうら)
笠縫等の祖 天津麻占(あまつまうら)
曾曾笠縫(そそかさぬい)等の祖 天都赤麻良(あまつあかまら)
為奈部(いなべ)等の祖 天津赤星(あまつあかぼし)

*出典 http://inoues.net/yamahonpen10a.html

コメント つまり、大和朝廷の前にあった物部王朝!
その勢力がこれだけあったのだと本紀は言いたいわけだ。
大和朝廷はこの「王国」を力で簒奪した。それが出雲神話、磐井の乱、守屋の反乱の3回に分けて書かれたという考え方もある。さあなんとも?