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簡単に紹介しておく。
画像は熊本県人吉市の、二カ所の、ある横穴古墳群にある壁画装飾のひとつである。
一般に車輪紋、菊花紋などと言われているらしい。
円形に刻み込まれた輪の中に8本の径線が掘られている。
簡単に言うとミカンを輪切りにしたような絵柄である。
8本の径に囲まれたミカンの房の部分は、だから当然16。16室の部屋を持っている。
つまりこれが菊の花ならば16菊花紋ということになるかも知れない。

この横穴古墳はおそらく7世紀頃を遡らない時代の、飛鳥~奈良時代のこの地方の君クラスの豪族のものと推定できる。
こに豪族は中央と太いパイプを持っていた火の君、肥君、あるいは火国造クラスの後衛であるかも知れないと言われている。

実は同じ紋が刻まれた、もっと古い石棺が同じ有明沿岸宇土市晩免にもうひとつあった。
そこは宮内庁管轄となっている。突然そうなった。
http://www.geocities.jp/decoratedtombs/sousyokugazou/banmen.html
そしてその石棺の蓋の裏側に刻まれた紋こそが16菊花であった。詳細は知らないが、もともと皇族とはなんのゆかりもなさそうな古墳だったが、なぜか古墳時代とはまったく隔絶した源平時代の悲劇の天皇・安徳の陵墓とされてしまっている。まさに奇妙なお話だが、安徳さんが平家落人伝承の多い熊本の、それも古墳時代の墓に安置されてあると言うのである。そして大まじめに陵墓参考地指定され、立ち入り禁止、発掘不可。石棺は埋め戻されたそうだ。




なにも言うことはない。
詮索する気もない。
誰も書いていないので、ただ事実を書いただけである。
触れたくない話、触れられたくない話・・・なのかも知れない。
これを書いた私が、今後どうなるのかはみなさんが見ていてほしい。
さて?


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