「景行天皇の熊襲征伐:白髪岳や狗留孫(くるそん)渓谷一帯に住む熊襲 (熊本の伝説 日本の伝説26 角川書店、昭和53年より)
 合戦の峰から南に2キロほどで人吉に入るが、芦原に天子という石の小祠がある。熊襲征伐にちなむもので、肥薩の国境に高くそびゆる白髪岳(1416メートル)や狗留孫一帯に住んでいたという熊襲を討つために景行天皇が軍を進められ、ここで休息されたところであるという。掃討戦は一か月に及び、天皇は「五月の壬辰の朔に、芦北より発船したまひて」火国に来ておられる。ところで、球磨郡内には芦原の天子のほかにも十二か所の天子がある。上村字麓の天子、上村字石坂の天子、上村字塚脇の天子、免田町久鹿の天子、多良木町牛島の天子、深田村草津山の天子神社、錦町一武字本別府の天子および御手洗、錦町木上字平良の天子神社、相良村柳瀬字三石の天子、山江村字山田合戦峰の天子、山江村城内の天子、人吉市中神町古屋敷の天子いずれも景行天皇の足跡を意味するものであろうが、天子でなく、天下という地名がさらに二か所あるからおもしろい。一つは、装飾吉墳で有名な錦町京ケ峰の天下神社で、あと一つは人吉市原田の天下山である。そして天下を土地の人は「アモイ」とよんでいる。これは万葉集に「久方の天の門開き、高千穂の、嶽に阿毛理(天降り)し、すめろぎの、神の御代よ(以下略)」とあるように、神が天から降りたったところという天降りがいつのまにか「アモイ」に転訛したのではないかと思われる。」


狗留孫渓谷は紅葉のメッカとして有名。
2007年に一度行ったことがあるが、車が通るにはかなりの山道であった。
反対側から入ったためだろうが、北側の山門町から入った方がよかったかも知れない。

このルートは平家落人伝説が多く、この道もおそらく彼らが入ったルートだろう。しかしもっと古いのはヤマトタケル。熊襲征伐ルートである。ここから五家庄を経て、相良、あさぎり、免田人吉には阿蘇氏の嫁となった雨宮姫を小国の氏族が祭る雨宮神社がある。またさらに南下すれば宮崎県小林市の白鳥神社に出られるので、もう霧島、高千穂山、韓国岳に近く、ヤマトタケル・景行天皇征伐コースと言えるだろう。