「(高松塚)古墳の解体が決まったここに来て、黴の防止、壁画保存に有効の可能性のある方法が、実用まで後一歩のところにきているらしい。これは埋葬された遺体が腸内細菌や、土壌、空気中の微生物の作用によって腐敗して行く際、タンパク質が科学変化で種々のアミノ酸に、次いでアミン類に変わり、さらに微生物の作用でプトマインと総称される有毒のアミンを経て、黴を抑える低分子量アミンに分解される。これは東京国立文化財研究所の高松塚壁画の黴対策を担当した新井英夫さん(74)が75年から取り組んだ研究だが、その後の高松塚壁画の保存と対策には実用化されず、今でもエタノール殺菌による対症療法的な対策が続けられているが、この方法が実現すれば、壁画が千数百年も残ることになった古墳の本来の機能によって、今後も壁画を守ることになる、という。」
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/120636/107998/12721505?page=2
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■元東文研技師・新井英夫
 古墳被葬者遺骸のタンパク質が化学変化してアミノ酸へ
           ↓
    アミノ酸がやがて自然にアミン類へ
           ↓
    古墳内微生物の作用でブトマインという有毒アミンへ
           ↓
     カビを抑止する低分子量アミンへ===結果的に、密封時には自然にカビは発生しないという分析を応用すれば壁画永久保持は可能。

ところが開封したとたんに外気が侵入し、その後研究者や見学者にくっついて多くのウイルスやカビ、菌が侵入する。
という技師ならではの科学的学説。
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■高松塚の経験は一年後の虎塚古墳装飾壁画発掘時に早速応用され、発掘者・鴨志田篤二氏談によると、閉塞石を動かすと同時に発泡スチロール製のドアを設け、研究員も体中殺菌(笑い話だが飲めないアルコールで口をすすいで)入ったという。おかげで未だに虎塚古墳ではカビの発生を見ていない。そしてすばやく見学に対応し、二重のガラス窓で密封したという。
※この虎塚のすばやい対応も、実は高松塚の失敗があったおかげである。

■「古墳を発見した1972年当初「戦後考古学史上、最大の発見」として騒がれ、保存対策を検討するよりも、古墳はいつの時代のもので、そこに埋葬されたのは誰か、というような考古学上の推理を多くの人たちが競って説を展開して行った。古代史家、作家、発見された壁画から類推して美術史家が、或いは哲学者が自説を並べた。1300年の間、外気に触れず、眠っていた石室の内部に現在の空気が流れ込んだ。石室の環境破壊が始まったのだ。発見直後、文化庁の田中琢(みがく)氏は警鐘を鳴らしていた「喫緊の課題は、被葬者論でも壁画の系統論でもない」と。」http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/120636/107998/12721505?page=1

■これも鴨志田氏の談話では、虎塚発掘前年の高松塚の経験から文化庁などから留意事項の指示が事前に全国にあったのはあったという。そこで大塚初重団長以下は、すぐにこれに対応。報道陣に時間を限定、照明には温度の低い蛍光灯使用、玄門には布をさげ、最初の専門化見学者には中へは入れず黒板に絵を書いて対応、消防と不寝番であたるなどの効果的作業に徹した。

■虎塚は毎年二回、春秋に公開されているが、今でも密封門扉を開くときには係員はどきどきするという。まさかカビが一面に・・・、まさか壁画が剥落していないか・・・。毎年公開が怖いそうである。

■報道やファンは高松塚のカビ発生について厳しい意見を言うけれど、もともと高松塚内部には開封時すでにいくらかのカビが発生していた。これは古墳の構造自体にもなんらかのすきまがあったことになる。しかも壁画の存在を想定していなかった・・・言い換えると装飾古墳の多い九州の研究者のように壁画古墳の扱いに慣れていなかったことにも起因しており、一概に責めるわけにはいかない面もある。

■また九州の装飾古墳の場合、高松塚のような大陸的カンバス=漆喰の白い背景を使わず、顔料も大陸の鉱物絵の具ではなく、地元産岩石粉末を用いる(これはその後の石仏彩色でも同じ。密封せず開放されている磨崖仏に未だにカビがない)ことにも原因があるらしい。
■虎塚の場合、発掘したての石室内温度は16度、湿度95㌫以上、炭酸ガスは外気の50倍という多湿状況にも関わらずカビは生えていなかった。しかも発掘は真夏に行われたが、その後も菌類、カビは発生していない。背景のカンバスの白が漆喰でなく白土だったおかげかもしれない。

■筆者がひとつ感じたことは、これまで民衆墓としてほったらかしに近い状況下に置かれ続けてきた横穴墓の装飾や中世の磨崖仏などが、確かに若干の色目落ちなどはあるものの、ほとんどカビや菌類への対応に苦しめられていないということである。
高松塚のように国内壁画古墳では破格の国宝指定で予算を大幅にかけ「過保護」状態であtったにも関わらず今回のような壁画切り取り状況に追い込まれたのは実に残念であるが、中国の例を見るならば、あちらの壁画はすべて最初から切り取られて、カンバスごと保管庫に図書館の新聞やポスターのように並列して吊り下げ、いつでも引き出して見られるそうである。また九州の一部古墳では表面をある種の透明フィルターで塗り固める手法も実験されているという。
高松塚壁画の本物はもう一般人は誰も見ることができなくなってしまった。しかし、そのおかげであとに続く壁画保存方法は格段に進化することができた。
■国宝指定当初、国宝だからといって実はほとんど保護はなかった。
■筆者が知っている国宝で国東六郷満山の富貴寺(ふきでら)金堂壁画があるが、大昔、この屋根が台風で倒れて大破した時も、修繕はなにもされずに長い時間ふきっさらし状態だった。地元は国宝なんだから国が直してくれると思い込んでおり、国も予算が出せないままだった。やがて高度成長期になってようやく文化財保護委員会が発足、予算が保護にあてられた。日本が文化国家になったのがつい最近なのだということを報道は忘れてはいないだろうか?
■高松塚がなぜばたばたと国宝になってしまったのか?という基本的部分も見直されるべきかも知れぬ。ほとんどの壁画古墳はほったらかしである。
■芸術性では高松塚の壁画は外国の意匠による大陸のコピーであり、あるいは外国人の墓である可能性の高いことがわかってきている。この点も見直されるべきである。
■装飾古墳愛好家に言わせれば、日本人独自の芸術としては九州などの装飾のほうが格段に保護されるべきだと言われている。確かに装飾古墳、線刻画古墳は日本人オリジナルの壁画である。(もちろんその研究もまだ確定したわけでもないが)

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