豊前から筑豊の田川郡にかけて「墳丘を持つ横穴墓」という過渡期的な特殊墳墓が見られる。
最古のI期のものが大分県中津市の上ノ原横穴墓群から4基見つかっており、その後も民衆墓であるはずの各地の横穴墓群の中に何基かずつ発見されている。



Ⅰ期
大分県中津市上ノ原横穴墓群4基
Ⅱ期
宗像市久戸13号墳3基
Ⅲ期
北九州市相坂4号横穴墓
山口県朝田横穴墓群
行橋市竹並G-2号横穴墓などA、F、G地区に数基
田川市長谷池横穴墓E-aー3号横穴墓
中間市垣生羅漢寺ⅢA-1号横穴墓
など

この様式は推測では宮崎県に多い隼人の墳墓形態である「地下式横穴墓」の影響を受けたものとされており、やはり竹並も隼人の横穴墓である可能性が高いことがわかる。
羨門の形式は5種類ほどあるが、その中には古墳の石室のように「まぐさ石」を置いて門にしたものがあり(Ⅲ-A型)、大古墳のリーダーの玄門に似せて作られたらしい。
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図中央、玄門を持つ横穴墓
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近くにある八景山公園の甲塚古墳の玄門


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竹並横穴墓群発掘当初の景観と位置図
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竹並A地区で筆者が見つけた、土砂に埋もれ行く横穴

竹並横穴など多数の豊前地区の横穴墓や遺跡のほとんどは埋め戻されすでに団地になっているが、八景山山麓横穴墓群などいくらかは保存されてもいる。ただ発見するのは容易でなく、今回、竹並地区にお住まいのIさんのご協力で裏山の北の端断崖に入ることができたものの、すでにかなり土砂が堆積し、南部台地には鬱蒼と竹林が広がっていて立ち入りも難しそうだった。

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