百済城と書いてみて、重要なことを思い出したので、書き留める。
「くだらき」とは百済から来たという地名であるが、城、来、木など、表記はさまざま。
その「城」が問題である。
その「城」が問題である。
城は大和言葉では「しろ」で、「き」と読むのはずっと漢音だと思ってきた。
ところがこれが百済音だと先週読んだ本で知ったのである。
本の題名を失念した。
ところがこれが百済音だと先週読んだ本で知ったのである。
本の題名を失念した。
城は、考えてみれば漢音なら「じょう」だ。ならば呉音かと思っていたら、実は百済音なのだそうだ。水城と書いて「みずき」などというのは百済伝来の読み方なのであった。
では新羅ではどう読むかというと「ホル」だそうである。まったく違う。
高句麗でどうだったかは忘れてしまった。
高句麗でどうだったかは忘れてしまった。
う~ん、本の題名・・・?調べておきたい。
考えてみると、水城は、百済と非常に仲の良かった天智天皇時代の城壁だ。それで城を「き」と呼ぶのか。百済音は百済全盛期から終末期に主に日本で使われたような気配があるが、その後、百済人は大量に日本に逃避行することとなったわけだからその影響力は強いはず。つまり、半島ですでに死んだ言葉や読み方が日本語に入りこんでいることになる。
もちろん、漢音も呉音も、それ以上に入っているから、漢字熟語のほとんどの読みは中国の音に近いのは当然である。類例としてはほかにもあるかも知れないが、百済音はやはり少ないと見たほうがよいだろう。特殊な単語にのみ使われたと考えられる。
しかし、それだけに「城」を「き」と音読して別段不思議に思わない、今のわれわれも、けっこう知らず野うちに古い百済言葉を使っている可能性が出たわけである。
もちろん、漢音も呉音も、それ以上に入っているから、漢字熟語のほとんどの読みは中国の音に近いのは当然である。類例としてはほかにもあるかも知れないが、百済音はやはり少ないと見たほうがよいだろう。特殊な単語にのみ使われたと考えられる。
しかし、それだけに「城」を「き」と音読して別段不思議に思わない、今のわれわれも、けっこう知らず野うちに古い百済言葉を使っている可能性が出たわけである。
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コメント
コメント一覧 (5)
=新羅から来た?
kawakatu
がしました
kawakatu
がしました
シロも「のりしろ」なんて言葉に残っているように「場所」とか特定の領域
キもおそらく同じ意味の大和言葉じゃないかと思います
同じように 城の漢字に当てられる 沖縄のグスク
グの解釈は石とかあるそうでここでは飛ばしますが 音韻対応的に
「スク」は「シキ」に対応するようで 「シキ」は屋敷の「敷」とのこと この「敷」も場所、領域を表す言葉ですから 「倉敷」なんて地名の敷のそう 水城のキは 「シキ」関係で大和言葉じゃないでしょうかね。
傑作&ランクリ
kawakatu
がしました
それからソウルですが、あれも三国が欲しがった場所で、風水上、半島ではあそこに首都を置くことが彼等の夢だった聞いています。ソウルはソホルで、「祖降る」かな?
琉球の特徴的な具志堅という姓も、グスク系な苗字だなと感じます。
グが石で、磯城ならばグシキですね。このシキがちょうど大和の磯城にあたるかと思えます。かつては斯鬼と表記され決してよい文字ではありません。琉球人の先祖が、かつては本土の縄文系である可能性は非常に高いのです。というのは、ある時期、かなりの本土人先住民が琉球へ移入した記録があるのです。
なお、斯の文字は新羅もかつては斯羅でしたから、文字になんらかの意味はあるはずです。
kawakatu
がしました
日本のサンカが自らをセブリと呼びますが、背振山という福岡県の山の名もなにか関係ありそうです。
kawakatu
がしました
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