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インドネシアのスマトラ島・バタク(バタック)族にはかつて食人風習があった。
バタク族の呪術師がかぶる仮面と衣装を見て、これは来訪神なのではないかと思ったことがある。



セルジウス・ゴロウィン他『世界の神話文化図鑑』東洋書林 2007から


仮面の顔、特に目は、縄文土偶の遮光器土偶にも似ている。
衣装は世界的に、来訪神に共通のもの。

●バタク族は「小さい狩猟採集民族」
「アジアにおいて小さな体をもつ狩猟採集民であるフィリピンのアグタ族 (Agta) とバタク族 (Batak) 、マレー半島のセマン人 (Semang) 、アンダマン諸島の先住民などは現在アフリカのピグミーとは独立の存在とされている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B0%E3%83%9F%E3%83%BC

「バタック人 (Batak) は、主にインドネシアのスマトラ島北部の高地に居住している民族集団である。 メダンの西に位置するトバ湖を故郷としている。 バタック人は、その言語や習慣に関連性はあるが、いくつかの異なるグループに分けられる。

バタック人の社会は、Margaとして知られる一族に組織されている家父長社会である。 トバ・バタック人は、一人の祖先「Si Raja Bata」を起源とし、すべてのMargaは彼の子孫であると伝統的に信じられている。 バタック人の父-息子の関係を定義している血統図は、taromboと呼ばれている。 現代のインドネシアにおいて、バタック人は教育熱心で、特に教師、技師、医師、法律家などの専門的な職業を多く得ている。 トバ・バタック人は、その織物、木彫り、装飾した墓石が伝統的に有名である。 彼らの埋葬と結婚の伝統は、大変意味深く、複雑である。 埋葬の伝統で、先祖の遺骨を死の数年後に再び埋葬する儀式がある。 この2回目の埋葬は、トバ人の間では「mangongkal holl」として知られている。

使用されている言語は、主にバタク・カロ語とバタク・トバ語に分けられる。これらの言語はオーストロネシア語に分類される。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%BA



人口約600万人(1991年:推定)
半数くらいは、故郷に住んでいない。
下分類 カロ族(Karo)
シマルングン族(Simalungun)(ティムール(Timur))
パクパク族(Pakpak)(ダイリ族(Dairi))
トバ族(Toba)
アンコラ族(Angkola)
マンダイリン族(Mandailing)
居住地 スマトラ島北部北スマトラ州のトバ湖周辺の内陸の山岳地帯。
メダンなどの、東海岸の都市、ジャカルタなどの、ジャワ島の都市にも、移住している。
言語 バタク語(南東語族(オーストロネシア語族)のインドネシア語派)
カロ方言、シマルングン方言、パクパク方言、トバ方言の4つがある。
インド起源の固有の文字がある。
起源 神話によると、神の意思により、天界から、トバ湖西岸の丘に、降臨した、シ・ラジャ・バタク(Si Raja(Radja) Batak)を、バタク族共通の祖先としている。

生業は農耕(水稲、陸稲、イモ類、トウモロコシ、コーヒー、野菜、しょうが)、
採集
漁業(トバ湖)
狩猟
畜産(水牛、牛、馬、豚、ヤギ、鶏)
都市への出稼ぎ、移住
など


フタ(Huta)または、クタ(Kuta)と呼ばれる長方形の村が、地縁的に作られている。
村の中心に、伝統的なマルガ家屋が、集まり、その周辺に、小家族が、分住する。
かつては、防衛のために、村は、高い土や竹の壁で、要塞を作った。
ソポーと呼ばれる集会所で、結婚式、葬式、市などを、行う。


氏族階級をもつ父系社会
長 マルガ(Marga)、メルガ(Merga)と呼ばれる、父系の親族集団の代表が、村長となり、村落会議と合わせて、村を統治していた。
階級 マルガ、平民、奴隷の3つの階級がある。
信仰 祖先崇拝、精霊信仰
キリスト教、イスラム教への改宗も多い。
カロ族、トバ族、パクパク族にキリスト教改宗者が多く、シマルングン族、アンコラ族、マンダイリン族に、イスラム教改宗者が多い。

●祖先崇拝 単純な祖先の霊だけではなく、天から降りてきた祖先、神をも、信仰の対象となる。
移住で得たお金で、祖先のお墓の改装が進んでいるようだ。
神 神話によると、世界は、天、地上、地下の3つの世界に分かれていて、それぞれに、最高神が認められている。

●まじない医師 ダトゥ(Datu)と呼ばれる男性のまじない医師、シバソ(Sibaso)と呼ばれる女性のまじない医師が、祭儀を取りまとめる。

いけにえ 祭儀には、水牛や、馬などが、いけにえとして、ささげられる。

●”結婚 母方のいとこと結婚するのが理想的な結婚らしい。”


結婚に際し、嫁を出す側から、ウロスと呼ばれる伝統織物を、嫁をもらう側からは、ピソピソと呼ばれる短剣が贈られる。

穀倉 高床式の穀倉に、未婚の男子が、寝泊りをする。
食事や、病気などのとき以外は、帰らない。

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●”風習 かつては、人を食べていたらしい。”

王国 シマルングン族では、4人の支配者によって支配された、王国もあったようだ。
かつては、シンガ・マンガラジャ(Singa Mangaradja)と呼ばれる神聖なる王様が、全バタク族で、認められていたようだ。
http://wee.kir.jp/indonesia/idn_batak.html


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インドネシア・フィリピンなど、インドシナからオセアニアにかけて、小さな体躯の古いオーストロネシア系種族がいくつかあるが、1万3000年前にはフローレス島に非常に小さなホモ・フロレシエンシスがいたことが最近わかっている。彼らがその子孫とは言えまいが、アフリカのピグミーのような人々が、世界に四散したこともあり、彼らが「早い出アフリカ」種族の移動した結果の定住ではないかと考えてみることは必要だろう。

第一の出アフリカ以前に、彼らが海を渡る船を考え付いた(それはおそらく簡易な筏か、船とも呼べぬような簡易なフロート)としていいと思うのは、アフリカから先ずアラビア半島へ渡るときにそこに海峡があるためである。ホモ・フローレシエンスも13000年以上も前に、インドシナとつながった歴史のない海を越えたことが知られている。

ひとたび海を越えれば、あとはその応用で、彼らが果たしてどこまでいくことができたかは、実はまったく未知である。なんとなればフィリピンから琉球諸島を伝ってはるか日本列島の東北縄文人となったものさえいたかも知れないのである。

言葉の類似、信仰形態、住居・・・夢物語にしてしまうにはちとおしい。

●カニバリズムと戦争などでの食人はまったく意味が違う
同じことをしていても、食人には宗教的な儀式と、そうでないものがある。
この二つのサイトを見ればそれがわかる。
食人(カニバリズム)。食人の時代は本当に終わったのか? http://www.bllackz.com/2011/10/blog-post_14.html
殺戮大陸メキシコの狂気(5)被害者の下着が舞うレイプ・ツリー http://www.bllackz.com/2010/11/blog-post_5173.html
祖霊にささげる生贄と、殺戮による食人には大差がある。
しかしやっている行為は同じである。




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