花見の始まりはいつからだろうか?
定説では平安時代、花の宴からだという。
あるいは秀吉の醍醐の花見で饗された食事などは、行楽・花見弁当の最初かもしれないと思う。

花を梅だとした奈良時代以前にもあっただろうか?
梅見弁当・・・しかし梅の季節は肌寒く、そぞろ歩くがお似合いである。
せいぜい茶店で甘酒か・・・。

まさに桜はうららかな春に咲く。
外で、誰もいない花園で、できれば静かに、一献かたむけながらが最高であろう。

今年もソメイヨシノが咲いた。



まちかねた。
心浮き立つ。
弁当を作ろう。


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桜でもソメイヨシノは特別である。
ようやく理由がわかった。
それが咲く季節は暖かいのだ。

光とぬくみ、それが日本人をひきつける。
梅でもなく、菜の花でもなく、ソメイヨシノだけがその温暖なうららかさとともに始まるからなのだ。


 存分に ひかりあまねく 花にうけ
       咲いて包むよ 母のごとくに


桜には母性がある。
大地母の持つ、つまり大自然の持つ限りない優しさに溢れている。
母だからこそ、人間は安心し、心を開き、饗宴に溺れる。


色彩、光、明るさ、温度、ボリューム・・・そうか、桜はおふくろに似ているのだ。

今は亡き。

さくらの森は母親の胎内であったか。どおりで。



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