租・庸・調と言えばわかりやすく言えば天武以後確立した奈良王権が取り立てた税であるが、租とは米、庸とは労役、調とは繊維製品など、という一応の決まりがあった。

雑税の中で特に珍重されたニエがアワビである。(古墳時代には鮎)
アワビは今でも、熨斗(のし)という風習が民間でも残るほど浸透していた。
嫁入りの結納にも熨斗鮑がいの一番に用意される。
アワビは神饌として神社に献納されるが、当時は金銭として充分使われた。
親王以下の月給にアワビが払われている。しかし内舎人(うどねり・官職)以下には記載がなかったほどアワビは高額取引される高等税だったのである。

そのアワビの献納した産地の一覧が『延喜式』にはあって、多かった土地は淡路国・筑前国・肥前国・安房国・豊後国・肥後国・出雲国などになっている。
延喜式だけでなく、最近では木簡からもアワビ献納記録が続々と出てくる。送った側の地域は、発掘した地域がまだ限られているため、今後もっと増えるだろうが、目立っているのは隠岐国・志摩国である。このほかに伊勢は神宮があるために収穫量が多かっただろう。
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またアワビは真珠を自然に持つもの、という認識も見られ、珠としての用途もあった。
アワビの加工法では関東の房総半島では長くのしていたので「長鰒」と書かれている。これに荷札がつけられると西日本の短鰒よりも自然長い木簡になる。だから木簡にもサイズがあった。
平城京や二条殿跡から出る木簡にはそういう荷札の長さの違いがあり、鰒の産地も書いてある。
だから木簡という荷札には当時の産物、「一国一品」のような民間情報が満載されていることになる。


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税とはつまり何かといえば、つまり贄であり神饌である。
上記地域はみな、贄を中央が徴収できる地域だったということである。
ということはその土地が天武時代までに中央に帰順・隷属しているという証拠品なのである。

隷属と書くと非常に気になる人もいるだろうが、帰順して中央集権国家の一員になるということは、自ら進んでそうしようが、やられて仕方なく朝貢させられようが、隷属は隷属なのである。帰順の印に舞を舞ったのと同じで、国家の歯車として参加します、おてんさまに税を払います、逆らいません、ということなのである。

現代のような、「払ってやる」といった関係ではない。だから租庸調はミカジメ料の一種だったと言っていい。もちろん今でも税納は国民の義務であるが、古代ほど払えなければ差別され、子々孫々下層民とかいうことにはならない。

税を払えば百姓(ひゃくせい・おおみたから)であり、払えなければ労役するか、被差別民となるだけである。

税を払うということは天皇の体制に隷属するという証なのであるが、米・穀物や織物とは違って海産物は膳臣と阿曇臣が管理した。古墳時代なら阿閉臣つまりのちの阿倍野の阿部氏の管轄である。神饌係りである。「あへ」とは贄のことで、かしわでとは食物である。海産物なので海人族の管理者だった阿曇氏が深く徴収することになる。
古墳時代には阿閉の代表が鮎である。「あゆ」とは「あへ」の訛りから来た名称かも知れない。これも川の海人族=川の民が取ってくる。アワビは海女・海士が取ってくる。だから上記表の産地にはそういう潜水夫たちがいたことになる。伊勢志摩・豊後・知多半島・淡路島・隠岐などには今でもちゃんといるはずである。あるいは観光用には消えていても、ちゃんとそれができる漁師の女房たちがいる。

九州の豊後や肥後には朝鮮の済州島のアワビが届けられている。だから当時の済州島の海女たちはほぼ昔の倭人の子孫だったはずで、日本人に近い、そして管理されていたということなのか、あるいは買い付けに行った輸入品となる。どっちにせよ古代の海女は倭人なので、半島も列島も関係なく、陸地にすまない。海が棲家なのだから人種は同じである。だから戦時中に、済州島の海女たちが連行されて伊勢志摩に置かれたというようなこととは、ちょっと古代はニュアンスが違う。自在に行き来していた人で同類だった。

税を払うとはそういう意味である。
国民になるとはもともとそういう意味だった。
贄は生贄と同じなのである。
人質なのである。
そういう考え方だったから第二次大戦前まで日本人は内側は古代のまんまだったことになる。
徴兵に準じるとは当時の税を体で払うということなのだ。命を支払い、国を守るとはそういう理不尽なことなのである。全国の右よりの人々は、そんな世界がいいと思っているのだということになる。そしていざ戦争が起きたら、率先しておれは死にますというのが右翼とか自衛隊の本義でなければ意味がないことになる。よろしくお願いしますね。そのときは。率先して桜と散って国を守ってくださいませ。今の国民では役に立ちませんからね。徴兵しても大半は国外へ逃げ出しますよたぶん。もし行ったとしても約にも立ちません。先の大戦では二年間鍛えて人殺し可能な兵器にまで育てていたのである。今は徴兵制が随分長くなかったのですから、まずもって難しい。人どころか魚の目玉でさえ怖がる腰抜け人民ばかりですからね。

古代において租庸調を払う人々とはすべて国家の犬だったという話である。

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