●天智と天武は兄弟か?諸説
  ①実兄弟説 二人とも父は舒明帝(田村皇子)、母は皇極帝(宝皇女)=通説どおり
 ②異母兄弟 二人とも父は舒明帝で、天武帝の母が不明=水野裕説
 ③異父兄弟 二人とも母は皇極帝で、天武帝の父が不明=小林恵子説
 ④  〃    二人とも母は皇極で、天武の父は高向王。さらに高向王の実子漢皇子は大海人皇子=大和岩雄説
 ⑤非兄弟   天武帝の父母とも不明=佐々克明説
 
この中で2010年に大和岩雄が出した最新結論である④を中心に考察する。
信憑性、推理性から大和の説が最も面白いからだ。
 

●大和岩雄『日本書紀成立考――天武・天智異父兄弟考――』大和書房 2010 の要約
①天武年齢・・・記紀中年齢不詳天皇は崇峻・後亀山そして天武の三人だけ。崇峻・後亀山の不詳の理由は明確だが、天武だけは理由すらわからない。
②後世の資料は天武65歳を明記しているから定説はこれを以って天武年齢に不詳はなしとするが、この年齢では兄天智より年長になる。『日本書紀』記述には信頼感がないところから分析を始めるべきだ。
③65歳では不自然ゆえに史学の大勢は単純に65を転倒して56歳の垣間違いだとする。ばっかじゃないのか?まともにこれに対したのは直木孝次郎だけであるが、それでも56を変えていない。
④持統天皇の鸕野讚良(うののさらら、うののささら)は、「天智紀或る書云はく」で鸕野皇女と讚良皇女の二人いたかも?と匂わせている(『天武天皇論(一)』『天武天皇出生の謎』『天智・天武の謎』)。夫である天武も漢皇子と大海人皇子の両面性がある。※1
⑤壬申の乱以後の真人賜姓には天武よりも高向臣が大抜擢(山道・息長・三国・坂田・酒人・路・当麻・高橋・茨城などすべて息長・継体・三尾系氏族で独占)。天武先祖の舒明系がいないのはあきらかに奇妙。※2
⑥中大兄の「中」は古人大兄を長男としたので真ん中の嫡子という意味に解釈されているが、二人は異母兄弟で、そういう場合にには「中」は使用しないはずだ。古人の同母兄弟は漢皇子だから漢=大海人。漢皇子には名前だけで活動記録がない。いなかったのではないか?実は大海人こそが古人大兄の同母兄弟で中の大兄である。
⑦高向臣だけは蘇我氏系譜の中で日本海側に本拠を持っている。ほかはみな河内・大和に集中。
⑧天武は実兄であるはずの天智の娘を四人も妃にしている。こんな近親結婚オンパレードはありえず、異父兄弟だからこそ可能。
⑨天智紀の異常なまでの「大海人は弟」強調。※3
⑩天智紀での大海人の存在感は希薄なのに、次の壬申紀・天武紀になると二巻とって大幅に増える。

※1 天智紀「或る本に云はく」
    母・遠智娘の鸕野皇女
    母・茅渟娘の讚良皇女
    
    これに呼応するような
    父・高向王の子、漢皇子
    父・舒明天皇の子、大海人皇子
 
天武を持統の鸕野と讚良の合体に合わせると「漢大海人」となる。
 
筆者注・鵜野と讃良
 和名類聚抄には「佐良良」という訓が記載されており、古くは「さらら」と読んだ。持統天皇 の名「鸕野讃良」の「讃良」は讃良郡に由来するものであり、「うののさらら」と読まれる。「 さらら郡」には更占郡などの表記もある。また「鸕野」は讚良郡にあった邑の地名で、それぞれに鸕野馬飼、讚良馬飼という氏族がいた。平等な考察をすれば、鸕野皇女と讚良皇女が逆に、鵜野讃良姫から分解して創作された架空の皇女だった可能性もないとは言えない。
 

※2
 舒明天皇(田村皇子)は息長足日広額天皇(おきながたらしひひろぬかのすめらみこと)であるゆえに、妻の息長広姫由来というよりももともと息長系であって、その子孫としての坂田や酒人真人の存在がると考えれば、大和岩雄ほどの違和感は生じない。
そもそも記紀系譜は藤原氏にとって都合がよければいいわけで、すべてが創作だと思ってよい。系譜にとらわれていても古代史研究はあまり意味をなさない。空虚なだけである。天武における二重性こそは、過去の継体や神功皇后系譜の大元なのだと考えれば、息長・宗我・高向などのすべての系譜が作り物、天武も作り物だったことに気がつくはずである。つまり『日本書紀』のすべてが作り物なのである。したがって日本文献歴史学の柱はすべて偽者の歴史を追いかけさせられてきたことは明白である。
 

※3
孝徳紀でも天武は「皇弟」と書かれている。孝徳紀で皇帝の弟となると天皇の兄弟のことであるから、甥に当たる天武のことではありえないのに、わざわざ間違ってでも弟を強調してあることになるか?
 


 
 
●『日本書紀』天皇系譜はすべて虚構
●天皇家は持統天皇に始まる。
筆者の考えは、持統以前の天皇は全部架空。天皇は持統から始まったとする昭和天皇のご意見と一致する。
 
 
越前越後の高向臣は名前の示すごとく高句麗由来の渡来系氏族であり、百済系蘇我氏とは別種である。それが経済的理由、越前越後の潟湖海運を蘇我氏が取り込むために合体した無血縁同族である。これは息長氏を取り込む藤原氏の構図のモデルだ。高向=息長=三尾=三上で、母方を造り上げている。
 
 

Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と海人http://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/
画像が送れる掲示板http://8912.teacup.com/kawakatu/bbs/
Kawakatu日本史世界史同時代年表http://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/nennpyou.html
民族学伝承ひろいあげ辞典http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/yblog.html/
Kawakatuワールドなんでも拾い上げ雑記帳http://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/MYBLOG/yblog.html/