◆「荘氏」の死生観
 「自生自滅していく変化ないしは作用だけが真実、・・・。この生滅変化の道のみが永遠である。この永遠の流転たる道を、荘子はまた大槐、天籟、大通、造化、命、物化、化、時、陰陽、天とも呼んでいる。しかし結局この道は渾沌なる言葉が語っているように、何の秩序も統一もない非合理極まる流転である。(p176)
 
 荘子にとっては、与えられた生を全うすることが第一義的である。それは生に執着するという意味ではない。荘子は偏頗な執着を嫌う。愛着の発生は同時に道の欠けることである。彼が養生をいい、保身を語るのは、与えられた現在を、それが現在なるが故に十全に活かそうとするためであって、決して与えられたるものが「生」なるがためではない。已に善悪、美醜、有用無用の対立を一如と見てきたが、ここで生死の一如を説く。道とは、方生方死方死方生、生ずれば滅し滅すれば生ずる一持続である。
 
 (内篇:大宗師篇の「子祀・子輿・子犂・子来の四人の語り」を持ち出し)生のみに愛着することは、一つの惑いではなかろうか。死を悪むということは、若くしてその故郷を離れ遂にその故郷に帰ることを忘れてしまった者の愚と一般ではなかろうか。
 
 (内篇:斉物論篇の瞿鵲子長梧子の話を持ち出し) 夢見る時には誰も、その夢なることを知らない。夢を非現実というならば、現実もまた、死者から見れば夢に過ぎないかも知れない。夢と現実と、生と死と、悉く道はまた通じて一つなるものではなかろうか。
 
 (再び、内篇:大宗師篇の「子祀・子輿・子犂・子来の四人が語り」の続きを持ち出し)俺の左肘が鶏になったら、時をつくって鳴いてやろうよ。・・・・結構な話だ。一体、時は暫くも停らず、人間に生まれるのも運命なら、その形を失うのも順当だ。時に安じ、順に処れば、別に嬉しくも悲しくもない。これが昔からの懸解:解脱というもんだよ。
 
 この話を見れば荘子の死生観が最も明瞭に窺える。方生方死方死方生というように、彼は確かに死は更に新しい生の初めであると考えていたのである。しかし、その死後の生たるや決して、いわゆる霊魂不滅とか永生とかいうのではなく、この現実の世界に生命の種々相が分散離合しつつ、果てしなく変化を続けていくという意味に外ならない。 養生主の結句は、・・・火とも言うべき道の不断流動を指すのである。一見したところ、仏門にいう輪廻転生と類似するが、同一ではない。・・・善悪の彼岸に立つ荘子には、何らの罪悪感も介在していないし、個体的に持続する魂などというものは更にない。形体も心も、悉くの存在が、時々刻々に変化して止むところがないのである。 」
前田利鎌「臨済・荘子」岩波文庫より抜粋
http://mohsho.image.coocan.jp/sohji-shiseikan.html
 
 
 
◆放生会の巻貝放生
放生会(ほうじょうえ)
「放生会(ほうじょうえ)とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教儀式である。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられた。収穫祭・感謝祭の意味も含めて春または秋に全国の寺院や、宇佐神宮(大分県宇佐市)を初めとする全国の八幡宮(八幡神社)で催される。特に京都府の石清水八幡宮や福岡県の筥崎宮のもの(筥崎宮では「ほうじょうや」と呼ぶ)は、それぞれ三勅祭、博多三大祭として、多くの観光客を集める祭儀としても知られている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A
 
ここには「仏教の殺生戒を元とする」とあって、八幡信仰が持つ放生会の起こりを仏教に求めており、それが八幡信仰の神仏混交をある意味象徴する儀式であることを想定している。ただし「荘氏」の死生観は仏教以前から、そういう近似した観念がすでに存在していたことを知らしめてくれる。
単純に殺生を戒めるのは仏教の観念から、と言い切ってしまうわけにはいかない。
 
 

八幡放生会(仲秋祭)では放生する生き物は蜷(にな)貝である。
http://www.city.usa.oita.jp/site/kanko-event/5902.html
 
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ニナ貝は地方ではニシ貝とも呼ばれ苦味が持ち味の小さな細長い巻貝だ。
しかし九州地方ではニナと言えば、もっと広く、食べられる巻貝類で小さなもの(イシダタミやニシ貝のたぐい)もすべて「にーな」「にな」「がんがら」などと呼んでひとくくりにしている。
しかし放生会では海蜷(ウミニナ)を用いることが多い。
 
ニナガイ
Batillaria multiformis は、吸腔目ウミニナ科は極東アジアの汽水域に生息する塔のような(キセルのような)小型巻貝で、河口部の淡水と海水が混じるところを好み群集するため、干潟に多く採集が容易。. 宇佐八幡では和間浜で、大善寺玉垂宮秋の大祭では境内のクスノキに住み着いたものを獲るとあるので、この貝はどうやら陸上でも生息できるらしい。宇佐では鮮魚店で売られていて食べるようだ。(ちなみにホタルの主食であるカワニナは生食厳禁。ジストマがいるから必ずゆでて食されよ。そのほか河のものすべては同じく生食厳禁)
仲間にナンバンギセルなどがあるようにその長い形状は煙管によく例えられる。

●なぜ数あるいきとしいけるもの、食品の中で蜷なのであろうか?
今書いたように
1 採集が容易な貝である
2 塔のような細長い形状が仏舎利塔を思わせる
3 ねじれが死生観を象徴する
4 海蜷には隼人の霊魂が宿るから
5 食用としてはポピュラーでないうえにいくらでもうじゃうじゃいるから。
などが考えられる。
隼人の霊魂が宿ると言うのは、宇佐が隼人粛清(虐殺)の中心に中央によってされたからで、宇佐限定の理由であろうからここでは省く。
 
 
ここまでこのブログとつきあってこられた方なら、巻貝=永遠の輪環であることはもうおわかりのことと思う。
しかしではなぜ巻き貝類の中でも蜷なのかは、誰もわかるまい。
永遠のねじれを内在させる貝ならば、むしろヤツシロガイの方に筆者などは完璧なねじれを見る。
 
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                   完璧な渦巻き・螺旋を外観に持つヤツシロガイ
 
 
 
イシダタミだってかまうまい。いわゆる夏の風物詩ニーナ(伊豆地方ではイイッコという)だっていいはずだ。ヤサラ(ツメタガイ)だってよい。しかしなぜかどうしても海蜷なのである?
 

イシダタミ
 
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ニーナ

誰かわかる人。
 
 
まず蜷饗(になあえ)の祭りが秋であること。宇佐八幡から始まること。和間浜河口部で行われること。
はそのヒントになるだろう。たくさん獲れる、うじゃうじゃいるということは生命力と豊穣を意味するので、かつての豊の国(豊前・豊後)の国名にはふさわしい生き物ってことかな。
筥崎宮とか鹿児島神宮とか、全国的に放生会はあるがすべて八幡信仰から始まる。始まりは宇佐で隼人霊を慰めたことからである。隼人の勇猛果敢で縄文的生命力に、弥生的死生観が圧倒され、触発されたことはまず間違いない。そこには好意と嫌悪の二面性が内在するだろう。それは蝦夷への感情にも似ている。そして隼人が海に生きる大隈隼人だったことも大いに関係することだろう。これが阿多隼人なら生き物は別のものになっただろう。