高校の世界史で教わったのは、最古の文明は四大文明で、これまで歴史学は四大文明を中心にした考え方、それが最古の人間の考え方や嗜好性や死生観の始まりだみたいな扱いであった。

しかし、人間の原初の志向性の起源が四箇所もあることそのものがおかしい話である。
そこで世界の考古学者はもっと古い文化・文明を探した。
するとアジアでは黄河以前の殷の遺跡つまり長江文明が見つかり、エジプトやオリエントやバビロニアではシュメール文明があることがわかった。

しかし、最近では、長江よりもさらに古い場所、シュメールよりも古い場所、インダス文明より古い場所が求められはじめ、アッシリアやアナトリア、あるいはスキタイや西アジアなどが、四大文明に大きな影響をもたらした前文明だったことが言われ始めている。


筆者は、最古の文明派生地とは、最初の人類遺伝子が分岐した場所であると考えている。それはギリシア文明の大元がイラン(バクトリア)であることに気づいてからだ。
アフリカを出た現生人類は、死海方向ではなく、アラビア半島から西アジアに入り、そこで分岐したことが遺伝子学では確実化。

すると西アジアこそに、人類すべての最古の共通項があるはずである。ところが、そこはこれまで紛争が絶えず、発掘がほとんどされないままで、世界史・考古学の盲点、鬼っこ扱いのままだった。今回、アメリカとイランが仲直りしたが、隣のバングラデシュなどはまだまだごちゃごちゃ状態。さらにISが貴重な遺跡をつぎつぎ破壊してしまう。土の下には手は出せまいが。

とにかく歴史学的な視点からは、なんでもいいから中近東から西アジアが安定して欲しいのである。


エジプトの死生観関係の本を読んでいると、信仰や宗教や民俗学から解明したい研究者の視点に、絶対的にないのが、そういう原点からエジプトを見る視点、あるいは環境考古学・年縞による気象の歴史という視点であると感じてしまう。そしてああ、エジプトは古くないな、原初原点ではないな、と感じるのである。文系史学はもっと最近の年縞分析に着眼点を求めるべきだ。地球環境によって死生観もデザインなどのゆとりある表現も大変化するのだから。太古から人間は衣食住足りてこそ嗜好性を満たしてきた。オーカーを使う凝った表現や、シンメトリーの使われた石器や鏃などは、みな環境がよくなった時代に登場し、悪くなると死生観が激変したのである。人が長生きできる豊かな時代と、長生きできない過酷な時代の対照こそ、人類の思いをよく伝える。
地球と気象に翻弄されてて来たわれわれの祖先がリアルに見えてくるのである。


次回、そのエジプトの死生観についていくつかのエピソードをあげていこうと思う。