われわれが受け入れてきたのは多くは長江文明人、それを引き継いだ伽耶・百済文化人といういわゆる倭種倭族の文化だけである。わずかながら後世には黄河文明による漢民族文化も仏教とともに、天武持統期に国家統一のためにのみ受け入れては来たが、日本人の思想の根底に、縄文~現代まで一貫してあるのは、彼ら広葉樹林帯文化とも言うべきウエットな死生観や生活感と稲作漁労文化の生き方なのである。つまり統一新羅の畑作牧畜文化の受け入れなどはなかった。

したがって現在の統一新羅から存続してきた大韓民国という国家から文化を真似したという現韓国政府の主張は、まったく的を射ていない押し付け主張でしかない。

われわれが明治以後受け入れた畑作狩猟文化(自然科学と哲学と富国・殖産興業思想)とは、あくまでもただひとつ西欧のものである。

そして最も言うべきは、日本人が受け入れてきた、あるいは許容してきた渡来文化とは、既成の日本列島先住民たちが、彼ら亡国の逃亡者たちを同じ広葉樹林帯神秘主義を奉じてきた同族としての旧石器~縄文原日本人の彼らへの共感・優しさ・許容量の賜物であり、彼らとの弥生時代における短い軋轢の時期を乗り越えて和の文化としてハイブリッドしたものである。


私たちは、乾燥した、即物的な、現世利益的な漢民族や朝鮮・韓国の「砂漠の思想」は絶対受け入れない。なぜならわれわれの血の根源こそが稲作漁労・多神教崇拝・太陽神崇拝のあいまいな倭人であるからだ。