それはキリスト教やイスラム教の誕生がやはり同じような環境からであったことと似ている。森が作り出す豊かな資源や、豊饒の河川が枯渇し、世界から陰影が消えた時代にこそ一神教は生まれるのである。つまり世界環境が殺伐とすると、人々が感じていた森林の神秘性、日常生活の光と影といった詩的な世界がなくなる。一神教はそういうところから生まれるのだ。

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言い換えるとここ1万年、世界にまれな温帯地域として豊かだった日本や、インド南部、中国南部、朝鮮半島海岸部などのような地域では、久しく多神教が根付く背景がありつづけたわけである。それが広葉樹林帯の豊饒から生まれるものであるということ。だから仏教でさえも古くからのヒンズーの多神教の影響をそのまま引き継ぐ。おしなべて、アジアの広葉樹林帯は、よく似た神秘主義の地域であり続ける。そのまま今の日本人の信仰や死生観にそれは受け継がれたことになる。


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3世紀まで、倭人は江南、南朝、長江の人と文化を大いに受け入れた。その素地は環境の類似にほかならない。環境が人間の内面性を作るのである。しかし漢帝国や高句麗・新羅文明を生み出す砂漠の思想は、偏西風の強風と砂漠と乾燥によってステップ・草原文化=遊牧牧畜畑作文明しか作り出さず。人の心は砂漠のように乾燥し、平気で侵略と暴行によって領土を広げ、一神教はそのためにも都合がよいとして手厚くもてはやされることとなる。移動と砂漠の思想が、無味乾燥して飢えて放浪する侵略生活を生み出し、それが植民地主義による国家を望むとき、唯一絶対の国家統一の象徴としてのイスラム教やキリスト教を生み出すのである。しかも、それらは王にとって都合よく加工され、脚色された。ケルト・ゲルマンの北欧を見ればいい。彼らの古い民族信仰は、あとからローマ帝国の押し付けたキリスト教によって覆い隠されたのである。ISを見るがいい。勝手な解釈で本来敬虔なはずのイスラム教を征服の道具にしているではないか。
 
 
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幸いなことに、まだ世界で一神教はイスラム・キリスト・ユダヤ教だけで、大半はまだ多神教世界である。その一神教世界は常にごたごたを繰り返し、いくさの火種になっている。われわれ多神教世界の住民は、それらに巻き込まれぬよう、常につかず離れずで監視している必要がある。狭い世界でのほほんとして、傍観しているだけではあっというまに彼らに飲み込まれることだろう。