9月25日記事大幅書換えて再掲載。
この記事が今後の歴史分析には最も重要なので。
つまり筆者が歴史を一旦置いて、地質・地球を知ろうとしている理由は、あなたにはつまらないかも知れないが、人類、日本人の気象や地質によって動向がどう変わってきたかのための、非常に筆者自身にも苦痛をともなう戦略なのであります。だからちゃんと古代を知りたいなら、ちゃんとつきあいなさい。




日本海450万年前に分離 富山大グループなど分析
北日本新聞 2018/9/19 01:23
 「1千万年前、西日本は朝鮮半島と陸続きで、東日本の大部分は海面下にあった。日本海は北日本側に開いており、太平洋の深層水と海水交換があった。その後、東日本~北海道が隆起し、日本海は太平洋の深層水が流入しない半閉鎖的な海域となったが、いつそうなったかは研究が不十分で、定説では250万年~350万年前とされてきた。」
https://this.kiji.is/414928051019383905



「約800万年前  伊豆・小笠原弧は本州に衝突し、千島弧前部も北海道に衝突した。東北日本はほぼ水没していたが、やがてカルデラの活動が盛んになった。」
https://matome.naver.jp/odai/2143736583923221301



NHKニュース動画と記事 https://www3.nhk.or.jp/lnews/toyama/20180922/3060000383.html
「かつて、日本海は東日本が海面下にあったため、太平洋の一部でしたが、その後、東日本から北海道にかけてが隆起して太平洋と分離し、今の半閉鎖的な海域になったとされています。
しかし、日本海が太平洋と分離した時期や期間について詳しく分かっていませんでした。
これについて、富山大学の研究グループが名古屋大学や九州大学などと共同で分析し、およそ450万年前、東北地方の隆起に伴い、14万年ほどかけて太平洋と分離したとする研究成果をまとめました。
 日本海の海底の堆積物にある魚の骨の化石に含まれる金属から海水の起源をたどり、太平洋からの流入が減った時期や期間を特定したということです。
 研究グループは、「流氷の天使」と呼ばれる貝の仲間、クリオネなど日本海特有の生物の進化や東北地方の隆起が進んだ過程を明らかにするうえで、手がかりになるとしています。」







西日本島の大陸からの分離はほぼ定説化したけれど、実は東・北日本島の誕生については謎が多くわかっていなかった。これまでは西日本・九州島になる大陸の岩塊がプレート衝撃で分離したときに、同じ場所が観音開きのように東日本岩塊も海に飛び出し、回転したのちに西日本と合体したなどの説が有力だったのが、富山大学の研究から、つい先日、東日本~北海道の島々は、海底から隆起してきて合体した新説が発表された。(詳細は上記HPで)


記事を見る限りでは、富山大学グループがそれを証明したのは「海底堆積物の魚の骨にあるある金属の年代分析によって突き止めた」となっているが、どの報道記事にも、その分析の詳細は書かれていない。いったいどこの、なにを証拠に?「日本の誕生 海底堆積物の分析によって 富山大学」で検索すると富山大学理学部HPがあった。
富山大学 環境化学計測第二講座 環境地球化学グループ
http://www3.u-toyama.ac.jp/geochem/JP/index.html

しかし今回発表の研究論文は載っていなかった。

富山大大学院理工学研究部(理学)の堀川恵司准教授、ネット発表はPDFで。
どこにあるか不明。

この説は著名な学者である平朝彦(たいら・あさひこ)氏が展開してきた説(『日本列島の誕生』 岩波書店〈岩波新書〉1990)だが、それを富山大学が証明したわけである。
https://matome.naver.jp/odai/2143736583923221301



 富山大大学院理工学研究部(理学)の堀川恵司准教授らの研究グループは、日本海が約450万年前に、14万年ほどの期間をかけて太平洋と分離し、今の日本海の原型となる半閉鎖的な海域になったことを、海底堆積物の分析によって突き止めた。地球化学的なデータから、時期を明らかにしたのは初めてという。






これまで日本列島誕生記事を書きながら、東日本の島々がどうやってできたのかは、実は内心「・・・?」だったが、これでようやくわかった。西日本がきれいな付加体を順序良く持つのに、東日本・東北・北海道の付加体(変成体)は横縞でなく縦縞で、しかも少ないのが不思議で仕方なく、筆者も前回記事を書いたあとかなり検索していた事情がある。しかし付加体の横縞層がないことへの明確な回答は得られなかった。
横縞付加体があまりないということは、大陸から切り離されたものではないのではないか?と。縦縞だからこれまでは回転したとされてきただけではないのか?と・・・。

そこへ実にタイムリーなニュースだった。まるで筆者の悩みにわざわざ答えてくれたのか?!とすら思ってしまったことだ。思ったとおり、東日本島や北海道は、大陸から切り離されたのではなかったのである。いい勘だなと自画自賛。

筆者が思うに、つまりスーパープルームによる東北火山帯の連続大爆発こそが、東・北日本と北海道を海底から隆起させる原動力になったというわけではないか。それが大衝撃での隆起を引き起こす原動力かと見えた。


しかし、これまでの回転合体説や平行移動説は、いったいなんだったのか?二つの間で、やれ東日本や九州は磁気方向が違うだの、時計回りの回転と反時計回りの回転だの、喧々諤々してきた愛好家たちのネット上の書き込みは、もはや宙ぶらりん。







とんでも邪馬台国説の列島回転説はこれでポシャッたと言ってよかろう。

九州と近畿の中心地交替の謎や、倭人伝の方位の間違いを正当化するために、ちまたのとんでも作家たちが言ってきた、3世紀日本列島回転説という、それはまああほらしい極論である。苦し紛れの際物であったが、列島がそもそも回転合体していないのであれば、ナンセンスのきわみに陥ってしまったわけだ。そもそも列島が回転した可能性があるのは2000万年前なのに、それを何をとちくるったか、たかだか紀元前2世紀に回転したなんぞと勘違いもはなはだしかった。なにひとつ証拠もないことをうがった無学な珍説だったものだ。脳みそがガリレオ以前である。



西日本島と言ってきたが、その範囲は九州・四国から長野県、静岡県におよび、今の東海・中部までふくも島塊である。つまりフォッサマグナの西側島である。今回隆起がわかったのはだからフォッサマグナ東側島と北海道であるが、この場所にはいくらかの島があっただろうという。

西日本と一緒に、あるいはもっと古くに、大陸の別の場所から切り離さされた島々が海中にはあった(大和堆のように沈んでいた)。北海道の東部一部や東北東部、北方四島、サハリンなどの沈んだ部分も、もともとあったのだろう(下の恐竜化石分布図が東部太平洋側のあったこと、大陸の一部だったこと証明する)。

そこへ海の下からズズっと東北と北海道の西部大部分が競り上がった。だからそれまでの島々のいくらかは、それまで乗っかっていた・・・というか、東北島の最上部だったということだろう。ならば現在、そこには石灰岩や貝殻が出るはずだ。しかし古い時代の陸上恐竜の化石が出るかどうかだ。出るなら東北も大陸だったはずだし、出ないならそこはもともと海の底だったと証明できるだろう。

北海道・岩手・福島・茨城・群馬などで恐竜化石発見例があるから、少なくとも太平洋側だけは大陸から切り離された部分だろう。




つまり東北も北海道も東部だけは白亜紀土壌だから、それは最初は大陸にあった証拠だ。そこから切り離された堆が、低地だから海の底にあったということだろう。


恐竜化石が出る場所はつまりかつては大陸だったばしょで、出ないならそこは海底にあった新しい隆起帯ということ(もちろん古い場所でも、もともと大陸時代にそこに恐竜がいなければ出るはずはないが)。





つまりこれまでの説がすべて×ではなくて、西日本島と同時に東日本島も切り離されてはいたのだが、それは海中部分だったので、一部しか海の上には出ていなかった。


※黄色い部分は全部花崗岩地殻だ。つまり大陸の地殻の一部。だから恐竜化石が出る。
ほかは海底部だったところで玄武岩基盤層だろう。化石は出ない。
そこは今、阿武隈山地、つくば丘陵などの花崗岩帯である。地震に弱い。


東北の火山帯が連射的な噴火をするのは、おそらくプレートの沈みこみ運動の激しいのがあったからだと思う。マントルに落ちるプレートの切れ端(冷たい切れ端)が下部マントルで多数のホットプルームを刺激したのだろう。玄武岩でできた海底プレートはどんどん引き込まれて延びてゆくと、自分の重さで折れてしまい地中へ落下するのである。



フィリピン海プレートの伊豆諸島のには小笠原諸島が連なり、さらにマリアナ諸島がフィリピンから連続して、カルガモ親子かイセエビの縦列歩行のように列っている。それらも数億年単位で、次から次に日本に向ってくる。機関銃を連想してしまう。
うひゃあ、である。

それどころか、日本列島そのものも、大陸へ戻るかも知れないし、あるいは逆に日本海溝に巻き込まれるかもしれない。地球のタイムスケールでは、砂上の楼閣、一瞬のきらめきが日本列島でもある。永遠に生きていられれば、それが体験できる。え?体験したくない。そうでしょうとも。阿鼻叫喚のちまたですから。





※ともかくこの新説も、今後どうなるのか知らない。その証拠はどこにあったかを早く知りたい。